進まない。
悠也は焦っていた。
思いのほか道が混んでいる。
これじゃあ、間に合わねーぞ。
舌打ちしてみるも、それで何が変わるわけでも無かった。
今日は娘の菜月が小学校に入学してから、初めての授業参観だというのに。
イライラがつのり、ハンドルにかけた指の刻むリズムが速くなる。
菜月は、悠也が参観日に来てくれると聞いた途端。
飛びつかんばかりの勢いで喜んでいた。
きっと今も教室で、何度も後を振り返り、
今か今かと、悠也の姿が現れるのを心待ちにしているに違いない。
だが、それもしょうがないだろう。
早くに母親を事故で亡くした菜月にとって、悠也は唯一の肉親なのだから。
前方の信号が青になり、再び、車の列がゆっくりと進みだした。
悠也は、この先しばらく渋滞が続きそうな大通りをあきらめ、
次の信号を左折すると、片側一車線の県道へルートを変更した。
こちらは若干遠回りになるが、交通量は知れている。
結果的には早く着けるだろう。悠也はアクセルを軽く踏み込んだ。
もう500mも進めば小学校に着くという所で。
まばたきをした瞬間、左目のコンタクトがずれた。
反射的に両目をつぶり、0コンマ数秒。前方への集中力が削がれる。
数回のまばたきの後。
回復した裕也の視界に飛び込んできたのは、
道路左脇から転がってくる黄色いゴムボール。
そして。
それを追う3、4歳の少女だった。
右足が咄嗟にブレーキを蹴りこむが、とても間に合う距離ではなかった。
金切り声のように鳴くタイヤの音をBGMに、
フロントガラス越しの光景がコマ送りで流れる。
左前方には、少女に手を伸ばそうとする若い女性。
右前方には、近付いてくる対向車の大型トラック。
どちらにも逃げ場は無い。
しかしハンドルを切らねば。
どうする。
右か? 左か?
道路の中央に視界が収束する。
呆然とこちらを向く少女と悠也の目が合った。
すまない。
悠也は選択し、ハンドルを握る手に力を入れた。
目をつぶった悠也のまぶたの裏に、
眩しいばかりの白い光がフラッシュした。
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