涼子と会うのは――
かれこれ三年ぶりか?
雄太は待ち合わせ場所の駅前広場で、
植え込みに咲く紫陽花の花びらを右手でいじりながら、
そんな事を取りとめもなく考えていた。
午前中から霧のような細かい雨が降り続き、
薄紫色の花びらをしっとりと湿らせている。
駅舎に備え付けられている大時計を見ると、
すでに約束の時間を十分ほど過ぎていた。
しかし、雄太はいらだつ事も無く、
その静かな眼差しを、再び紫陽花の花びらへと戻した。
この時間が逆に、彼の心を落ち着かせる為には良かったのかもしれない。
何しろ久々に彼女と対面するのだから。
当然、三年という歳月は、二人の容姿にも変化を与えている。
その間、お互いの写真すら見ておらず、
書面でしか連絡を取っていない二人にとって、
今度の再会で緊張するな、という方が無理な話であろう。
はじめになんと声をかけていいものか、
雄太はこの待ち合わせ場所に至っても、
まだその答えを見つけかねていた。
閉じた左手に握り締めた物が、
気持ちを代弁してくれればいいのだが……
雄太が、もう一度、
時計へ目をやろうと振り向きかけた、その時。
通りの先からクルマのエンジン音が聞こえてきた。
左折してきたトヨタの白いセダンが、ロータリーをゆっくりと回り、
彼の待つ植え込みの側から10mほど離れた場所へ停車する。
ほどなくして、静かにドアが開き、後部座席から女が降りてきた。
白いワンピースの裾がヒラリと揺れる。
間違いない、涼子だ。
水色の小ぶりな傘を右手に持っている。
彼女が相変わらずの丸く大きな瞳で辺りを見回すと、
肩口まで伸びた焦げ茶色の髪がふわりと弾んだ。
彼女は雄太の姿を見つけたようだ。
微笑を浮かべながら近付いてくる。
目の前まで来た涼子に対して、雄太は無言のまま、
そっと、左手を差し出した。
グーに握った拳を、彼女の顔の前でクルリと回し、
手の平を上にして、ゆっくりと開く。
「うわぁ! お兄ちゃん、これどうしたの?」
「……学校で工作の時間に作ったんだ」
「すごい! この薄紫色のガラス、きれい!」
「これは海で拾ったガラス玉だ。あとは針金だけどな。
お前、小さい頃から指輪が欲しいって、いつも言ってただろ?」
「お兄ちゃん、私の為に作ってくれたの?」
「まぁ、ついでだけどな」
「ありがとう!」
彼女は大きな瞳をキラキラさせながら、
雄太の掌から指輪を取り上げると、左手の薬指にはめた。
そして今日はきっと出番のない太陽を、
透かして見ようとするかのように、
小さな手を空にかざしている。
予期せぬプレゼントに夢中になり、無邪気に喜ぶその笑顔は、
雄太の記憶にある四歳の頃の彼女と、何の変わりも無かった。
霧雨は飽きもせずに降り続き、白いセダンの側では、
二人の両親が難しい顔で、なにやら話をしていたが、
そんな事は今の二人には何の関係も無かった。
色を失い、くすんだ駅前の景色の中、
紫陽花の花と涼子の着けた指輪だけがほのかに光を発し、
浮かび上がっているような、
雄太の目には、そんな風に見えた。
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posted by layback at 00:54
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