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「兄じゃ」


 数カ月ぶりに実家に帰ってきた。

「お母さんただいま」
「おかえり」 
 久々に見る母の顔はしぼんだ風船のようにやつれ、疲弊し切っていた。
「どうしたのお母さん、顔色悪いわよ」
「理恵、帰ってきて早々で悪いんだけど、お兄ちゃんの部屋覗いてみて」
「なによそれ、あいつ相変わらず引きこもってるの?」
「ええ……、とにかく、いいからお願い」

 兄は数年前に仕事を馘になって以来、自分の部屋に引きこもりがちになっていた。
 最近では家に人がいる時には部屋の外に出ることがまったくなくなり、両親ですら彼がどのように日々を過ごしているのかまるで把握できなくなっていた。
 
 あたしは手荷物を玄関に置き、二階へ続く急な階段に足を踏み出した。後ろから重い足取りで母がついてくる。
 階段の途中で気づいた。廊下の奥から異臭が漂ってくる。アンモニアのように鼻を刺す匂い。
 あたしはかつての自分の部屋の横を通り過ぎ、兄の部屋の前で立ち止まった。
 耳を澄ませると中からずずずずと何かを引きずるような音が聞こえてくる。
 後ろを振り返る。母の震える手はあたしのブラウスの裾を掴んでいる。

 自分の手のひらの湿り気を感じながらそっとノブを握る。鍵はかかっていない。
 さきほどの奇妙な音はすでに止み、廊下は静寂に包まれている。
 あたしは覚悟を決め、一気にドアを引いた。
 匂いが急激にきつくなる。あたしはブラウスの袖で鼻を押さえ、薄暗い室内を見回した。
 ペットボトルやお菓子の袋が床に散乱している。兄の姿は見当たらない。
 机を占拠しているパソコンの画面上では時代遅れのスクリーンセーバーがくねくねと踊っていた。

 部屋の隅を見てぎょっとする。
 ベッドの陰でツチノコのような形をした大蛇がとぐろを巻いていた。
 伸ばせば体長5、6メートルは優にあるだろう。

「お母さん、なによあれ」
「お兄ちゃん、あんな姿になっちゃって」
 母はあたしの腰を両手で掴み、わなわなと震えていた。

 あたしは武器になりそうなものを探し、机に立てかけられていた金属バットを手に取った。
 ツチノコはあたしの殺気を感じたのか、ベッドの下に無理やり潜り込んでしまった。

 混沌としている兄の机まわりを調べてみると、Amazonの納品書が見つかった。
 あたしは目の前のカーテンを開け放ち、それを光にかざした。

 【数量】 1

 【種類】 爬虫類

 【商品名】 アナコンダ












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posted by layback at 05:50
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「苦い恋」


「恨みでもあったのか」

「恨みだなんてありません。付き合いはじめたばかりでしたけど、愛してました」

「ではなぜこんな無残な殺し方をしたんだ」

「この人、一緒に寝ていた時に他の女の名前を呼んだんです。だから、ついカッと
なって」

「その女の名前は?」

「礼子です。うわ言のように、れいこーれいこーってなんども……」

「待て。彼はひょっとしてアイスコーヒーが好きだったのでは」

「ええ大好きです、いえ大好きでした」
















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posted by layback at 01:23
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