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「冷えたグラス」


ああ、風呂気持ち良かった〜。
ふうぅ〜〜。

おーい、ビール冷えてるかな?
お。入ってる入ってる。

グラスも忘れてないか?
グラスが冷えてなきゃ台無しなんだぞー。

『もう! 忘れてませんよ! あなたはホント一度忘れただけで、
鬼の首でも取ったかのように、いつまでも同じ事を言うんだから』

よいしょっと。

トクトクトクトク
グビッ

ぷはぁ。

……

おい、どうしたんだお前?
今日はやけに静かじゃないか。

うん? そう今日も大変だったんだよ。
まったく毎日毎日参るよなぁ。

おい、どうした?
そんなに冷たい頬をして。

私は写真立ての中で微笑む陽子の頬に、そっと手を触れた。
冷えたガラスの感触が、指先を通して心に突き刺さる。
私の言葉に優しく相槌を打ってくれた彼女はもういない。

今日も散らかったダイニングに響くのは、
ただ私の独り言のみだった。












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posted by layback at 21:54
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「魔球」


9回裏、2アウト、ランナー3塁。

カウントは2−3。

うちのチームが1点差でリードしていた。

こいつが最後のバッターだ。

マウンドで俺は呟く。

次の1球で決めてやる。

ヤツはバットに当てるのが滅法上手い巧打者だが、案ずることはない。

俺には温存していた魔球があるのだ。

この球だけは誰にも触れさせない自信があった。

俺はマウンド上で一息つくと、大きく振りかぶり、

キャッチャーミットをめがけ、渾身の1球を投げ込んだ。

俺の手を離れた白球は、

不規則な回転をしながらバッターの手前で大きく変化し、

向かってきたバットを上手く避け、

ついでに、キャッチャーミットも避けきった。

ボールは転々とバックネットへ転がってゆく。

バッターは悠々と1塁へ向かい、

サードランナーは両手を挙げ、ホームへ滑り込んだ。

俺はあまりのショックにカバーも忘れ、

へなへなとマウンド上に崩れ落ちた。

顔を上げると――

ボールはまだ土の上を逃げ回っていた。










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posted by layback at 20:52
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