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「甲子園」


「ぜひウチのライブハウスに出演していただけませんか?」

俺達のバンドが関西での初ライブを終えた後、
小太りでヒゲを蓄えた中年男性が、控え室を訪れた。
その男が名刺を差し出しながら言ったのが、冒頭の台詞だ。

男が続けて言うには、

「ウチのハコは、アマチュアバンド界の甲子園と呼ばれています。
あなた方は東京からいらしてるので、ご存じないかも知れませんが、
関西のバンドマンで、知らない者はおりません」

なるほど、下地の無い関西で名前を売るには絶好の機会だ。
俺達は二つ返事でその誘いを受けた。

翌月のとある週末、俺達は機材を載せた車で、
慣れない関西の道に散々迷いながら、
やっとの思いで指定された住所に辿り着いた。

みすぼらしい小さなライブハウスの入り口付近では、
例のヒゲの男が壁に張り紙をしている。
だが、えらく貼りにくそうな様子だ。

なぜなら――

その壁は一面、蔦で覆われていた。












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posted by layback at 00:22
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「ファイヤーバード」


俺の名はジョニー。

控え目なスモークの中、照明を浴びていた。

まだ今夜のステージは始まったばかりだ。

リズミカルなステップで軽やかに踊る指先。

ネックを握る俺の手には、深い皺が刻まれている。

客席に目をやると、笑顔が跳ね返ってきた。

こいつらが喜んでくれるのが何よりの報酬だ。

今日も最前列にはスーツ姿のサラリーマンや、

仕事帰りのOLが並んでいる。

客の年齢層は総じて高めだ。

俺たちのスタイルを考えたら当然だろう。

そろそろ指も温まってきたようだ。

さぁテンポを上げて行くか。

後ろでタイトなリズムで刻んでいる仲間に目配せをし、

俺は腹の底から声を搾り出した。











「いらっしゃいませぇっ!」

店の名はファイヤーバード。

常連客と仕事仲間に囲まれた焼き鳥屋の厨房。

そこが俺のステージだ。













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