そういうわけだ。すまんね。
そんなあっさりとした台詞で強制的に幕を引かれたわたしの仕事人生。
この40年間。わたしなりに職務をまっとうしてきたつもりだし、子供の喜ぶ顔を見るためならと安月給にも我慢してきたというのに。
それが、すまんね。だと? ふざけるな、若造が。
フィンランドのヘルシンキにある本社から東京支店に配属されたばかりの新米総務課長の顔に浮かんだ申し訳ていどの申し訳なさそうな表情に申し訳ないなどという気持ちはこれっぽっちもこもっていなかった。それだけは断言できる。
ええい、もういい。
コートの襟元をきつく閉じたわたしは、寒風吹きすさぶ中、ハローワークの扉を叩いた。
「お次は――、山中三太さんですね。なるほど、前職はサンタクロースですか。11月末で会社都合の退職と。ふむ……」
カウンター越しのハローワーク職員は、そこでいったん言葉を区切ると、卓上カレンダーへ目をやった。
「あの、付かぬ事を伺いますが、サンタさんにとってはこれからが本格的なシーズンなのではありませんか?」
当然そうくるだろう。予想していた質問だった。
「ええ、それは確かにそうなのですが、会社としては今後はコストの安い派遣やアルバイトを使っていくようでして……」
言いながら脳裏に薄ら笑いを浮かべた総務課長の顔がよぎる。
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「そうですか……。どこの業界も大変ですね。実はかく言うわたくし自身も非正規雇用でして」
職員はおどけるようにそう言うと、頭の後ろをかいた。
「世の中不景気ですからな」
わたしは感情を抑え、低い声で相槌を打った。
職員はわたしの提出した書類を見ながら話を続けた。
「資格は、普通自動車免許、トナカイ二種、おもちゃ鑑定士――
なんと、A級サンタクロースのライセンスまでお持ちではありませんか」
職員は感嘆の声を漏らし、書類から顔を上げた。
「ええ、まぁ、この道40年ですから」
「それでもリストラされてしまう時代なのですね」
職員は、ふうっとため息をついた。
「正直申し上げて、現状、山中さんがお持ちの資格では他業種ということになりますと、なかなか再就職は厳しいかもしれません、年齢的にも不利な面が……、はっ」
職員はそこで急に何かに気づいたという様子で目を見開いた。
「なにか?」
「い、いや、あの、暖かそうな毛皮のコートですね」
職員の視線がわたしのコートからそろそろと横に移動し、椅子の上に置いた紙袋から突き出している角(ツノ)の上で止まった。
「そ、それは、もしやトナカイの……」
言いかけた職員の口元はわなわなと震えている。
「これも売れば金になるのです。生活に困っておりましてね。しょうがなかったのです」
わたしは紙袋からはみ出した大きな角(ツノ)の先を、慈しむように優しく撫でた。
「そ、そうですか」
職員は聞いてはならないことを聞いてしまったとでも思ったからか、それまでの和やかな口調とは打って変わって事務的な調子で、今後の失業給付手続きについての説明を始めた。
わたしは背を丸め、ハローワークをあとにした。
陽は西へ傾き、あかね色に染まった空には雪がちらつき始めている。
ニット帽を目深に被り直したわたしは、駐車場に停めておいた古びた橇(そり)に乗り込んだ。
老トナカイのサムは、待ちくたびれたと言わんばかりに白い息を大きく吐き出した。
わたしを振り返ったサムの表情は心なしか元気がないように見えた。
「なぁに心配するな。生え替わりで抜け落ちたお前さんの角(ツノ)が売れれば、年越しぐらい楽にできるさ」
サムは黒く澄んだ目でわたしをじっと見つめている。
「その後か? まぁ仕事がなければ、空き缶集めでもなんでもすればいいさ」
サムは返事をするように、ぱちりとまばたきをした。
「さぁっ!」
わたしが手綱を振るうと、サムはぶるんといななき、軽やかにアスファルトを蹴った。
橇(そり)はふわりと浮き上がり、見る見る間に眼下の街は小さく霞んでゆく。
いつしか雪は勢いを増し、立てたコートの襟から覗くわたしの頬を強く叩いていたが、不思議と寒さはみじんも感じられなかった。先週末ユニクロのセールで買ったヒートテック毛皮風コートはまったく風を寄せ付けなかった。
生活さえなんとか維持できれば、ボランティアでサンタ稼業も良いかもしれんな。
そうひとりごちたわたしは、沈みゆく太陽へ向け、まっすぐに駆け続けた。
FRANK SINATRA - LET IT SNOW
これは短編競作企画用に書いたお話です。
「X'mas短編競作しませんか?」
http://hakidamenituru.at.webry.info/200911/article_4.html
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