まずはっと。
タマネギをみじんぎりにするだろ。
なに。こんなもんサッサッサッとやっちまえば涙なんて出やしない。
で、だな。
鍋にバターを溶かして念入りにタマネギを炒めてゆく。
サッサッサッと。焦げ付かないように注意しながらっと。
ニンジン、じゃがいもを切って、じゃがいもは水にさらしてアクを抜いておいてっと。
さて、豚肉にはあらかじめ塩コショウで下味を付けとくか。
タマネギがしんなりとして色が変わってきたところで、ニンジンじゃがいも豚肉を一気に投入ー。
サッサッサッと。軽く炒める炒めるぅ。
そして適量の水を加えてっと。あとはぐつぐつ煮込めばいいだけだな。
直樹は、なにか隠し味になりそうなモノはないかと、冷蔵庫を物色する。
ソースにケチャップ。マーマレードなんかもいいかな。
冷凍庫は――
お。なにやらペーストがあるからこいつも入れちまおう。
ええい。解凍するのもまだるっこしい。
直樹はフリーザーパックから取り出したペーストを、直接、鍋に投入した。
さぁ煮立った所でアクを取ってと。火を少し弱めてフンフンフーン。
☆ ☆ ☆
「ただいまー」
「おお、おかえり、おつかれさん」
「なになに? 晩ごはん作ってくれてるの?」
「おう。カレーライスだ」
「助かるわぁ」
「じゃ、あとは頼む」
「ちょっと、最後までやりなさいよ」
「いや、俺は、やり残した仕事が――」
直樹はそう言うと、はぐれメタルのような素早さで、キッチンから姿を消した。
なによ。
どうせ、パソコン開いてブログやミクシーの女友達とデレデレやりとりするだけのくせに。
涼子はため息をつき、買い物袋を食卓に置く。
あきらめて、コンロにかかっている鍋を覗き込んだ。
もう煮えてるわね。
涼子は火を止め、まな板の脇に置かれていたカレールゥを、鍋に割り入れた。
「あなたー、できたわよー」
夫を呼んでおいてから、スーパーで買ってきた食材を、冷蔵庫にしまってゆく。
「お。美味そうにできたな」
「あなたの力作だもんね」
「俺とお前の共作だろ?」
直樹はそう言って、涼子のひたいにキスをした。
「やだ」
涼子はほんのりと頬を赤くする。
「悪いけど、自分で入れてもらえる?」
「おう」
涼子が食材をしまいながら横目で見ていると、直樹は多めのごはんにたっぷりとルゥをかけている。
ほんとにカレーが好きなんだから。子供のような直樹の姿に、涼子の胸はきゅんと鳴った。
「お前も自分の好きなだけ入れろよ」
「ええ、分かったわ」
涼子は、早くも食べ始めている直樹のために、福神漬けを出してやる。
えーと。あとは――
涼子は、買い物袋の底からスチロールのトレイを取り出した。
お肉は冷凍しておいた方がいいわね。
あれ?
冷凍庫の扉を開けた涼子の手がぴたりと止まる。
おかしいわ。
嫌な臭いがするからって冷凍庫に入れておいた生ゴミの袋がないわね。
捨ててくれたのかしら?
「あなた?」
直樹は顔を上げる。
額に汗が浮かんでいる。
「どうした? 美味いぞ? お前も早く食え」
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