「どうしたのあなた。そんなに落ち込んで」
「いや。俺なんてもうダメだよ」
「何が?」
「小説家になんかなれっこないんだ」
「何言ってるのよ。大丈夫、自信を持って」
「そんなこと言ったって、電話もかかってこないじゃないか!」
「そう言えば……。今日は乱歩賞の最終選考の日だったわね。
でも、まだ、時間もあるじゃない。ね。ほら元気だして、コーヒーでも淹れてあげるから」
「もういいんだ。俺はいさぎよく小説をあきらめるよ」
「そんなこと言わないで。あたしは心の底から信じてる。絶対に獲れるわよ」
そう言い残し、妻はキッチンへ向かった。
☆ ☆ ☆
「あなた!」
妻の叫び声。
わたしは慌ててキッチンへ向かった。
「あ、ひっ、あなた、ちょ、ひっく、助けて!」
「おい、どうした!?」
「しゃっ、ひっ、くりが、ひっく、止まらないの、っく」
妻は激しいしゃっくりの発作に襲われていた。
「と、とりあえず水を飲め! ほら、入れてやるから」
わたしは妻に水の入ったグラスを持たせた。
妻はそれをごくりごくりと一気に飲み干す。
「ふぅ」
「どうだ?」
「……。っく、ひっく、ダメ、ひっく、みたい、っく」
「よし、じゃあ、今度は息を止めてみろ、三十秒だ」
……。
……。
……。
「ぷはーっ!」
「どうだ? 止まったか」
「……。っく、ひっく、やっぱり、っく、ダメ、ひっく、みたい、っく」
むぅ。
かくなる上は。
「わぁっ!」
わたしは、考え込んでいるフリをして、いきなり大声を出した。
「ひぃっ!」
妻は飛び上がって、乾いた悲鳴を上げた。
だが結果は――
「……。っく、ひっく、もうダメ、あたし、っく、死んじゃう、っく」
その時。
電話のベルが鳴った。
なんだ?
誰だ。こんな緊急時に。
「出、て、っく」
妻は喉に手を当て、喘ぎながらも電話を指差している。
分かった。と、わたしは頷く。
「もしもし。今ちょっと、手が離せな――
ええっ!? 本当ですか!? ありがとうございます! はい、はい、よろしくお願いします」
わたしは震える手で受話器を置いた。
「やったぞ! 乱歩賞受賞だ!」
妻は大きく目を見開いている。
「嘘っ!? やったじゃない!」
わたし達は、結婚したての頃のように、恥じらいも無く抱き合った。
「やっぱり! あたしの言ったとおりじゃない!」
「そうだな、お前のおかげだよ。ほんとうに、ありがとう」
わたしは妻のひたいにキスをした。
「ん? お前、しゃっくりは?」
「あら、止まったみたい。これもあなたのおかげだわ!」
「ふふ。良かったじゃないか」
「そうだ! この日の為に、買っておいたシャンパンが冷蔵庫にあるの。今こそ開けましょう」
祝杯を上げ、いい気分になったわたし達は、二人なかよくベッドに入った。
妻の頭の重みを二の腕に感じながらわたしは考える。
それにしても、こいつの驚きようったら。
間違いない。
絶対、信じてなかったな。
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