軽トラのしょぼくれたエンジン音が、店の外で響いた。
宮本さん、帰ってきたのかな。
僕はリサイクルショップのレジの奥で、電子レンジを磨きながら時間をつぶしていた。
平日の午前中は、とにかく暇でしょうがない。
午後からは、ちらほらと客の姿も見えだすのだが、
それでも週末の盛況っぷりと比べたらお話にならない。
「おーいぼうや、おもちゃを持って帰ってきてやったぜー」
紺色のツナギ姿の宮本さんが、ごちゃごちゃとガラクタの積まれた台車を押して、レジの前までやってきた。
「おつかれさまです、宮本さん」
「いやー、引き取りっつってもよ、二軒寄っただけじゃ疲れもしねぇよ」
宮本さんは台車から手を離し、ふうと息を吐く。
「なんだったら裏に置いておいてくれても良かったのに」
「何言ってんだよ。お前さん、いつも暇で暇でしょうがないって、言ってるじゃねぇか。
こいつらをいじってるだけでも、暇つぶしになるだろ?」
たしかに図星ではある……。
宮本さんはやれやれといった様子で肩をすくめると、胸ポケットからタバコを取り出した。
「ちょっと、店の中じゃダメですって」
「いいのいいの、細けぇこと言うなよ。若ぇくせによぉ」
「オーナーが突然来たらどうするんですか、まったく」
宮本さんは僕の言葉を気にするでもなくライターを鳴らすと、レジカウンターにお尻を載せた。
「それよりぼうや、そいつ見てみろよ」
「ぼうやはやめてくださいって、沢田でもタカシでもいいですから、名前で呼んでくださいって」
僕は胸元の名札を引っ張ってアピールした。
50代の宮本さんからしたら、僕なんてほんの子供にしか過ぎないのは分かっている。
だけど、25歳にもなってぼうや呼ばわりされるのは、なんともやりきれない。
「どれです? このゲーム機ですか?」
僕は台車の先頭に積まれたプレステ5を取り上げる。
「これならもう在庫がたくさんあるし、当分倉庫で待機ですよ」
「違う違う、それだよ」
宮本さんは咥えタバコの煙に顔をしかめながら、台車の持ち手に立てかけたモノを指差した。
「また古いやつを持って帰ってきましたねぇ」
台車の持ち手に頭をもたせかけ、体育座りをしているのは、少女型ロボットだった。
「ちゃんと動作確認してもらいました?
完璧に動かなきゃ話にならないし、それにこういうタイプはもう人気ないんですよ」
人間の女の子そっくりに作られた少女型ロボットは、発売当初、絶大な人気を博したものの、すぐに飽きられてしまったのだ。
今マーケットで主流なのは、アニメやゲームのキャラクターのようにデフォルメされたロボットばかりだった。
「動作確認? 持ち主が動かねぇって言ってたからな。
タダで引き取ってきたよ。ぼうや好きだろ? こういう子」
「なに言ってるんですか!」
思わず、大きな声を出してしまった。
宮本さんは、わざとらしくおやおやと目を丸くしている。
僕は急に恥ずかしくなって耳が熱くなった。
「まぁ、どっちにしろ、部品取りくらいにはなるだろ。
じゃあ俺はメシにでも行ってくるからよ。なんかあったら電話してくれ」
「分かりました」
たしかに、高校生の頃、僕は、このタイプのロボットを一体持っていた。
親に見つかって処分されるまでは、二人(一人と一体?)仲良く僕の部屋で暮らしていた。
そう、処分されるまでは……。
実は、このロボット。あまりにも精巧な作りだったため、未成年には販売禁止だったのだ。
いつの時代も言われるあれ。
教育上よろしくないとかなんとかそういうなんとも理不尽な理屈で。
僕はインターネットでロボットを手に入れ、外出時には上手くクローゼットに隠していた。
ところが運悪く衣替えの時期に、世話焼きの母親に見つかってしまったのだ。
僕も相当ショックだったが、両親も僕の部屋からいきなり見つかった少女型ロボットに、戸惑いを隠しきれなかった。
結局。僕の懇願は聞き入れられず、ミクと名付けた少女型ロボットは処分されてしまった。
彼女が引き取られる当日は、悲しくて悲しくて、とても家にはいられなかった。
夜遅く、僕が家に帰るともう、そこにミクは居なかった。
ブゥーン。
僕は我に返った。
頭の上を飛んでいたハエを追い払う。
相変わらず、店内には一人のお客もいない。
僕は頬にこぼれていた雫を、シャツの袖で拭き取った。
まったく宮本さんは、デリカシーに欠けるというかなんというか。
僕は台車の上から、すぐに店頭に並べられそうなものだけを床に下ろした。
そして、ちょこんと座っている少女型ロボットも。
うすよごれた額にかかる青い髪を手でかき分けてやる。
ゆるく閉じたまぶた。薄く開いたくちびる。まるで眠っているようにしか見えなかった。
僕のミクに似てるよなぁ。
少女型ロボットは、そこそこの数が生産されたが、その種類は限られていた。
この子は、たまたまミクと同じタイプだったようだ。
僕はなんだか急に切なくなって、彼女の髪を元に戻した。
台車を跨ぐようにして彼女の両脇に腕を差し入れると、よいしょっと身体を持ち上げ、床に降ろす。
体重は約40キロぐらいだろうか、微妙にリアルな重さだった。
僕はその後、ちらほらと訪れるお客の相手をしながら、午後の時間を過ごした。
レジの後ろにちょこんと座り込んでいる制服姿の少女型ロボットは相当目立つようで、
数人のお客さんに売り物かと尋ねられたのだが、これは調整中だということで断った。
仕事の合間を縫っては下ろしたてのクロスで磨いたので、彼女はかなり見れる状態になっていた。
しかし、部品取りって言ってもなぁ……。
僕は高校時分にミクを処分されて以来、ロボット全般に対して複雑な思いを抱き続けていた。
☆ ☆ ☆
夕方になると遅番のパートさんが二人来たので、手早く引継ぎを済ませ、僕はバックヤードに引っ込んだ。
再び台車に載せ直した少女型ロボットを連れて。
ガラクタがうずたかく積み上げられた作業スペースで、僕は少女型ロボット――
ええい。この際だ。呼びにくいから、もうミクって呼んじゃおう。
そう、僕はミクの修復に取り掛かった。
宮本さんが言っていた通りだった。
肩甲骨の裏辺りに隠された起動スイッチを入れても、彼女は、うんともすんとも反応しない。
腰の位置にあるフラップを開けて、バッテリーを外す。
たしかこのタイプは――
僕は立ち上がり、パーツ群の棚に向かった。
あった。
各種バッテリーが放り込まれている棚から、同じ種類のものを取り出した。
充電量を確認し、おごそかにそいつを取り付ける。
ブゥン。
空気が振動し、ぴくりとミクのまぶたが動く。
だが、それっきりだった。
やっぱりダメか。
僕は、磨いたことで、ほんの少しではあるが、つやを取り戻しているミクの頬を撫でた。
手のひらに伝わるやわらかくすべすべとした感触。
意図せずとも十代の頃の思い出が蘇ろうとする。ぞくりと胸を締め付ける記憶。
ブゥン。
再び空気が揺れた。
その時、ミクのまぶたが震えた。
動いたっ。
僕はゆっくりと開こうとするミクのまぶたを注視する。
やがて現れた漆黒の瞳は、どこまでも透き通って見えた。
「こ……、ど……こ?」
「ミクっ、い、いや、違ったな……ごめん」
「ここはどこ? わたしの名前を設定してください」
そうか。
ミクを購入した時のことを思い出す。
まずは地域を設定し、言語を確定する。
デフォルトでは日本語の設定になっていたはずだ。
そうか、初期化されちゃったんだな。
僕はタイムカードに書かれていたパートのおばさんの名前を仮に入力し
(「しづえ」という名前はまったくミクに似合わないが……)、身体の各部分の動作を確認する。
関節の動き、言語認識、発声も、全て申し分なかった。
なんだ、問題ないじゃないか。
単にバッテリーの劣化だったとは。
しかし、それぐらいで処分するなんて――
いや、僕にそんな偉そうなことを言う資格はない。
すっかり忘れかけていた胸の傷が少し痛んだ。
とにかく。
これで明日には店に出せそうだな。
僕はミクの電源を落とした後、外したバッテリーを充電器に繋ぎ、店を後にした。
☆ ☆ ☆
出勤した僕は、さっそくミクを店に出した。
今日は土曜日だし、目立つ場所に置いてやろう。
入口から見て正面に陳列しているソファに座らせてみた。
うん。いい感じだ。
髪の毛が青くなければ人間の女の子にしか見えない。
10時になったので店を開けた。
自動ドアのスイッチを入れると途端に、お客さんがわらわらと入ってくる。
平日に、買取り引取りで入荷した商品が、どんどんと売れてゆく。
新しい商品、キレイな商品から売れてゆくのは当然だが、
一昔前のロボットであるミクも、まずまずお客さんの注目を集めていた。
もっとも、注目しているのは男性客と子供ばかりではあったが。
女性客はロボットに対してどうもオタク的なイメージを持ってしまうようで、
眉間に皺を寄せてミクのことを見ている人も多かった。
ちょうど、お昼を過ぎたころ、太った男性客が、レジに立っていた僕へ話しかけた。
「すみません。あの少女型ロボットですが……」
「ああ、あれですね、彼女、昨日入荷したばかりなんですよ」
「欲しいのですが、動作だけ確認させていただいていいですか?」
「もちろん構いませんよ」
朝、バックヤードから運び出す前に、バッテリーはセットしたし、電源が入るのも確認済みだ。
僕はレジカウンターから出て、ミクの元へ歩み寄る。
ミクはまぶたを閉じ、上品に膝を揃えてソファに座っている。
真上にある電灯の光を顔に浴び、うとうとと眠っているようにしか見えなかった。
「ここに電源スイッチが付いてますので」
僕は説明しながら制服の背中の中央にあるファスナーを開け、起動スイッチをオンにする。
……。
ミクは微動だにしない。
「あれ?」
もう一度スイッチを押しなおす。
どうした。
いつもならブゥンと空気を震わせて、まぶたを開けるはずなのに。
「あ、あの、やっぱりいいです、少し考えます」
お客さんは、少し慌てたように、そして申し訳無さそうに、その場を後にした。
僕は、こちらこそ申し訳ありませんでした、とお客さんの背中に向けて頭を下げた。
接触不良かなぁ。僕はひとり首を傾げる。
ミクは楽しい夢でも見ているかのように、目を瞑ったまま、微笑みを浮かべていた。
「よぉーぼうや、その子、結局動いたのかい?」
いつのまにか背後に宮本さんが立っていた。
「ああ、宮本さん、おつかれさまです。いえ、昨日、僕が少しいじったら直ったんですけど。
今、お客さんの前で説明しようとしたら、また動かなくなっちゃって」
「しょうがねぇなぁ。おい。ぼうやが好きなんだな、姉ちゃん」
「ちょ、ちょっと、なに言ってるんですか!」
僕は、かーっと耳が熱くなった。
だが、ミクは、宮本さんの下世話な勘繰りにも微笑を崩さない。
「なぁ。俺、後ろから見てたけどよぉ。
そりゃ、あんなデブの客の元に嫁ぐぐらいなら、ぼうやの方がよっぽどいいだろうよ。
たとえ童貞でもな」
「いい加減にしてくださいっ!」
思いのほか大きな声が出て、周りのお客さんが一斉に僕らの方を見た。
「バカ、声がでけぇよ」
結局、宮本さんは、悪かった悪かった俺が悪かったと言いながら、ミクをバックヤードに引き上げてくれた。
☆ ☆ ☆
やがて、戦争のような一日が終わり、僕は店を後にする。
自転車の後ろにはミクを乗せ、彼女の背中と僕の腰をロープでギュッと結びつけて。
「なぁ、ミク。お前、直ってたんだろう?」
ミクは僕の背中ですやすやと寝息を立てている。
肩越しに表情を見てみるのだが、どうにもウソ寝のようにしか見えない。
しょうがねぇーなぁ。宮本さんの口癖を真似てみる。
これじゃコンビニにも寄れねぇぜ。なんて。
僕はアパートへ帰ったら、高校生の頃の記憶を辿り、ミクの設定を一からやりなおそうと思った。
だって、いくらなんでも「しづえ」はないもんな。
こくりとミクの頭が僕の背中に当たった。
僕は自転車を漕ぐ。
高校生の頃となんら変わらぬひょろい背中に重みを感じながら。
ひとりでに口笛がこぼれる。
リズムよく僕は自転車を漕ぐ。
スピードがブゥーンと上がってゆく。
街の明かりが左右に分かれ、ひゅんひゅん後ろへ飛び去っていった。
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