おすすめ作品

  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

  ショートショート全作品目次へ


人間は疲れる


 人間は疲れる。だからおれはねこになった。なるほど。のらねここーすをごきぼうですか。のらねこはいっけんきままきらくにくらしているようにみえるでしょうがああみえてなかなかたいへんなのですよ。せんえつながらあなたのようなねこびぎなーはさいしょはにんげんにかわれてしまったほうがよろしいかとぞんじます。そうすればすくなくともくいっぱぐれることはありませんからね。というわけでここはいえねここーすにしておきましょう。なおひろわれやすいばしょにつきましてはわたくしめがせきにんをもっておつれいたしますのでごあんしんを。まだごしんぱいですか。なににんげんなんててきとうにあしらっておけばよいのです。たまにからだをすりすりすりよせてにゃんにゃんにゃーんとないてあまえるふりでもしておけばかれらはすぐにまんぞくするのです。ねこねこかんぱにーのたんとうしゃはそういっていた。ところがじっさいにひろわれてみるとどうだ。にんげんはおのれのすとれすをかいしょうせんがためにしろくじちゅうべたべたべたべたとおれのからだをさわりまくるではないか。そうすることでおまえさんのすとれすがどこかへとんでいってしまうとでもおもっているのかね。いいか。そのすとれすはそのままおれのすとれすになりかわっているのだよ。そんなこともわからんのかね。このこむすめは。こんなことならたんとうしゃをむりやりおしきってでものらねここーすをえらんでおけばよかった。そっちのほうがよっぽどやすかったのだ。たかいりょうきんをしはらわされたうえにさらにすとれすまでしょいこまされるだなんてまったくふんだりけったりではないか。ぐちをこぼしているあいだにぐぐぐとまぶたがおちてくる。ねこになってからまいにちねむくてねむくてしかたがなかった。ねこがよくねているりゆうがよくわかった。このきょうれつなねむけはとうていあらがえるものではない。ねむくなったらすぐねむる。はらがへったらめがさめる。めしをくったらねむくなる。いまではまいにちがそのくりかえしだった。まぶたのおもみにあらがうことをあきらめておれはしずかにめをつむる。ねむりのふちにくびまでつかったところでせなかをなでられる。おい。なれなれしくおれのからだにふれないでくれ。それにしてもこのにんげんのなでかたはあらっぽい。どうせまたかいしゃでいやなことでもあったのだろう。いっそのことおまえさんもねこになればいいのだ。なんならおれがねこねこかんぱにーをしょうかいしてやろうか。いやあそこはやめておいたほうがいい。おれにいえねここーすをすすめたあのたんとうしゃときたら。まったくしんようならん。わるいことはいわん。ねこになるならほかのかいしゃをあたりたまえ。そうこういうまにまたまたまぶたがおちてくる。とにかくおれはねむいんだ。たのむからそっとしておいてくれ。おれのこころのさけびはにんげんにはつたわらない。にんげんはおれをだきあげる。もうにげるきりょくもない。おれはこむすめのやわらかなむねでねむりにおちながらおもう。やはりにんげんはつかれる。













ショートショート:目次へ

posted by layback at 23:56
| Comment(9) | ショートショート作品


 わたしはずっときれいな耳をさがしていたのです。先日地下鉄の構内でついにそれを見つけました。夜空に浮かぶ三日月のように優雅な曲線。人立ち入らぬ渓谷のように深く刻み込まれた陰影。それは前から見ても後ろから見てもまったく非の打ちどころのない耳でした。乗り込んだ地下鉄の中でもわたしはその耳からひとときも目を離すことができませんでした。車内はほどよく混み合っていましたしわたしはさりげなく耳の後ろに立っていただけですからきっと怪しまれることはなかったと思いますよ。その美しい耳の持ち主は終点の駅で降りました。わたしは足音を消しながらひたひたと彼女を追いかけました。そして彼女が人通りのない路地に足を踏み入れたところで後ろから襲いかかったのです。もちろん乱暴をするつもりはなかったのですよ。ただ静かにしていてくださらなかったので当て身を一つだけ入れさせていただきました。それはたいへん申し訳なく思っています。彼女が気を失っているあいだにふところにしのばせておいた医療用のメスで片耳を切り取らせていただきました。切断面はダクトテープでしっかりと止血しておきましたからその後もとくに問題はなかったはずですよ。耳をさがしていた理由ですか? どうにも壁がさみしかったのですよ。まっしろな壁というのはなんとも味気ないものですね。絵画を掛けるのもわたしの趣味には合いません。あれほど悪趣味なものはありませんよ。それに話し相手、いえ、わたしの話をただだまって聞いてくださる相手がほしかったのです。世の中バカばかりですからね。わたしは自分の話に口を挟まれることが大嫌いなのですよ。男はまっしろな壁に取りつけた美しい耳に夜通し語り続けた。












ショートショート:目次へ

posted by layback at 23:22
| Comment(7) | ショートショート作品
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。