「後野レイ先生か……。あの人も、もう80代だろう。
大丈夫か? かなりボケがきてるという噂だが」
「まかせてください編集長。タイタニックに乗ったつもりで……」
「沈むだろうが! バカモノっ!」
☆ ☆ ☆
わたしはタイタニック――
もとい、新幹線に乗り一路関西へ。芦屋の一等地にある後野邸を訪れた。
「後野先生、久々にショートショートを、書いていただきたいのですが……」
「よろしい。まかせなさい」
白髪白髭。重厚な着物姿の後野先生は、腕組みをしたまま鷹揚に頷いた。
「ありがとうございます!」
「善は急げだ。今書こう、やれ書こう」
「ええっ!? 今すぐにですか?」
「わしゃ最近、パソコンとやらを買ったばかりでな、練習中なのだよ」
久々の執筆〜っ♪ などと陽気に口ずさみながら先生は、仕事部屋に消えた。
大丈夫だろうか……。
一抹の不安がよぎった。
☆ ☆ ☆
わたしが応接室で、出されたお茶をすすって待っていると、突然ドアが開いた。
「出来たぞい」
「ええ!? もうですか?」
わたしは咄嗟に腕時計を見る。まだ20分しか経っていない……。
昭和生まれの作家恐るべしである。
「おい、キミ、プリントアウトのやり方が分からん。ちょっと見てくれんか」
先生は手まねきをして、わたしを呼んでいる。
「はいっ、すぐに参ります」
わたしは恐る恐る、先生の仕事部屋へお邪魔した。
「連載当時と同じで五枚だったな。数えていないが、おそらくこんなものだろう」
先生の机に置かれたパソコンディスプレイには、作品が横書きで打ち込まれていた。
どうやらメモ機能を使ったようだ。
わたしは先生の了解を得た上で、文書作成ソフトを立ち上げ、原稿の体裁を整えた。
「ちょうど、400字詰め原稿用紙に換算して五枚。2000文字の分量でした。
さすがは後野先生ですね。ただ――」
そこでプリンターが、音を立てて作動し始めた。
「ふふふ。わしが過去どれだけショートショートを書いたと思っておるんだ。身体が覚えておるよ。
いいかキミ。熟練の寿司職人は、ひとにぎりでシャリの量を計ると言うな。
数えてみると、いつも米粒の数が同じだそうだ。わしもその境地だよ。わっはっはっはっは。
言うなれば、わしにとって作品はシャリ。文字は米粒じゃよ。わっはっはっはっはー」
先生は大きな腹を抱え、のけぞるようにして笑っている。
わたしは、手を挙げて、先生の大笑いを遮った。
「先生、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「なんじゃ」
先生の顔色が変わる。
わたしは額に流れる汗を感じながら疑問を口にした。
「この作品のオチが、どの部分なのか、わたしにはさっぱり……」
「どれ、貸してみい」
刷り上ったばかりの原稿を先生に手渡す。
先生はロボットのような動きで首をひねった。
「ふむ。ネタを載せ忘れたか……」
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