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「エアポケット」


いきなりで済まない。

今乗っている飛行機が墜ちそうなんだ。

乱気流というのかエアポケットというのか、よく分からないが。

そいつに巻き込まれたようだ。

機内アナウンスによると機体の一部が損傷しているらしい。

今も高度が下がり続けている。揺れもひどい。

もう、詳しい経緯を書いている時間はなさそうだ。

おそらく、助からないと思う。

君も知っての通り、俺は嘘をつけない人間だ。

だから最期にこうして、君に告白することを赦してほしい。

実のところ、俺は浮気をしていた。相手は会社の部下だ。

身体だけの関係だったが、君を裏切り続けていたことを申し訳なく思う。

そうだ、もうひとつ――

君が冷蔵庫のタッパーの中に隠していたヘソクリを、使い込んでしまった。

飲み屋のツケを払う為だ。

弁解のしようもない。赦してくれ。

もちろん、代わりと言ってはなんだが、

俺が大事にしていたスラムダンク完全版全巻セットも、純銀製のはぐれメタルフィギュアも、

ファミコンソフトコンプリートコレクションも、全て処分してもらって構わない。

今までほんとうにありがとう。俺は君と過ごせたことを幸せに思う。

書き終えた俺は、目を瞑り、送信ボタンを押――


    ☆     ☆     ☆


気が付くと、担架に乗せられていた。

俺は、助かったのか――

衣服はびしょびしょに濡れ、身体の節々がひどく痛むが、どうやら生きている。

首をもたげてみる。俺の両手は、胸の上で携帯電話を握り締めていた。

適当にボタンを押すと、墜落途中に必死で打ったメールの文面が、ディスプレイに浮かび上がった。

結局、送信ボタンを押し切る前に、不時着したのか。

水没で故障していないことも奇跡だが、もしこのメールを妻に送っていたとしたら……。

俺の身はただでは済まなかっただろう。

激昂した時の彼女は、とてもじゃないが俺の手には負えない。

俺は医師の診察を受けている間も、お守り代わりに携帯を握り締めていた。

打撲はありますが、骨や内臓、脳波にも異常は見られません。

奇跡的ですね。そう言って医師は俺に笑いかけた。

ありがとうございます。

念のため入院していきますか?

いえ、妻が心配していますので、帰ります。

俺は立ち上がり、医師に頭を下げた。

ふらつきながら診察室を後にする。

そうだ、早く連絡してやらないと。

きっと事故のニュースを聞いて、心配していることだろう。

だが病院内で携帯は使えない。

外に出次第、電話をかけよう。

それに、あとで、このメールも消しておかないとな。

バレたら、それこそ大変なことになる。

考えただけで、ぶるりと身体が震えた。

上着を羽織った俺は、携帯を脇のポケットに入れた。

かつん。

携帯は音を立てて墜落した。

おおおおお!

何故だ!?

俺は上着をまさぐる。

ポケットがあったはずの位置にポケットがない。

救出される際、どこかに引っ掛けられて破れでもしたのか……。

俺は慌てて、リノリウムの床に落ちた携帯を拾い上げた。

落ちた時のショックのせいか、

なにやらイルミネーションが点滅している。

やがて文字が浮かんできた。

 送信完了

ディスプレイは冷酷に告げていた。












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posted by layback at 21:46
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「金言」


「おはようございます」

控えめなノックの後、更衣室のドアが開けられた。

「ああ、愛ちゃん、おはよ」

おはよ。と言っても、すでに夕方。時刻は18時前だった。
わたしと彼女、城崎愛は共に、繁華街のレストランで働く学生アルバイトだ。

「昨日、大丈夫だった?」

「あ、はい」

「愛ちゃん、すごく酔ってたでしょ?」

「すみません……」

「ううん、別に吐いてたってわけじゃないし、
誰かに迷惑をかけてたってことも無かったからいいんだけどね」

わたしは、優しい声を意識して、さりげにフォローする。

「ほんとですか?」

「覚えてないの?」

「はい」 

彼女は顔を赤らめて下を向いた。

昨日はバイトが終わった後、皆で飲みに行ったのだ。
そこで酔いつぶれるということは無かったものの、女の子らしい格好の彼女は、
うちのモテない男どもに、ちやほや囲まれ、いささか飲みすぎているように見えた。

「ほら、終電のある子もいるからそろそろ帰るぞー。って、
明石くんに引っ張られるようにして、みんな帰ったじゃない」

「はぁ」

「愛ちゃん、途中で見えなくなったから、はぐれたのかなぁ、
それとも地下鉄で帰ったのかなぁ、なんてみんなで心配してたんだけど。
ちゃんと帰ったんだよね? 大丈夫よね。今ここにいるわけだし」

「……」

彼女は完全にうつむいてしまった。
わたしは少し焦る。まずいことでも言ったかな。

「もしかして、昨日、帰ってないの?」

「はい、実は、気づいたら、もう朝で……」

「ええーっ!? 道端で?」

「いえ、ベッドの上でした」

彼女は慌てて首を振る。

「ベッドって……。まさか、ホテル?」

こくり。と無言で返事。
申し訳無さそうに頷かれてもなぁ。とわたしは思う。

「相手は、まさかうちの誰かじゃ……」

「ち、違いますっ! 知らない人でした」

「知らない人!?」

「自分でも信じられなくて」

「何やってんのよ、もう」

「すみません」

彼女の身体からへなへなと力が抜ける。
わたしは支えるようにして彼女をイスに座らせた。

「すみません、ってあたしの身体じゃないんだから、
あたしに謝ってもしょうがないじゃん。それより、愛ちゃん――」

「はい」

「たしか、処女って言ってなかったっけ?」

彼女の頬が再び赤く染まる。

「守ったの?」

「それが、覚えてないんです」

「はぁ!?」

「シーツに血とかは付いてなかったんですけど」

「うんうん」

わたしは身を乗り出す。
いつのまにか、彼女の話の内容に引き込まれていた。
違う。わたしに男っ気が無いからというわけでは断じてない。

「結局、ホテルを出たところで、その人ともお別れして……」

「名前とか連絡先は?」

「教えてないです。向こうのも……」

「ふむ」

良かったというか悪かったというか。
コメントに困る状況だ。

「でも、なんだかヒリヒリするというか、ちょっと鈍痛があるから、たぶん」

彼女はそう言って、自分の下腹部を押さえた。
やれやれ。わたしはため息をつく。
無防備な色気にも困ったものだ。

「愛ちゃん巨乳だもんね」

「そんな、普通です」

わたしは右手でおもむろに彼女の乳を揉む。

「あ」

「Eカップ」

「……正解です」

「だめよ、ほんと、お酒には気をつけなきゃ。これからどんどん薄着になってくるでしょ。
男目線で見たら、愛ちゃんなんて、おっぱいが歩いてるようなものなんだからね」

「はい、気をつけます」

「ふぅ」 わたしは息を吐く。

「昔の人はよく言ったものよね」

「なんですか?」

「『酒は飲んでも揉まれるな』

自分の身体は、自分で守らなきゃダメよ」

「……」










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