「お邪魔しまーす。お、なんだか、いい匂いがするぞー」
「どうぞー、汚いけど、ま、ま、入って」
僕は下ろしたてのスリッパを彼女の足元へ差し出す。
「ありがと。もうお料理してるの? ん、なんだ太一くん、キレイにしてるじゃない」
彼女はくんくんと鼻を鳴らし、僕の部屋をぐるりと見回す。
「男の子の部屋だから、もう大変なことになってると思ってたのに、なんだか拍子抜けー」
「アキコちゃんが来てくれるっていうから、必死に片付けたんじゃん。
掃除機もかけたし、一ヶ月くらい捨てるタイミングを逃がし続けてた生ゴミも捨てたし、
今朝なんて、生まれて初めて、拭き掃除までしちゃったよ、はっはっはー」
僕は腰に手をやり、自慢げに胸を反らせた。
「ぷ」
アキコちゃんは吹き出しそうになっている。
「じゃーチェックしちゃうぞー、どれどれ?
ふーん。目に見えてるところはキレイだけど、水周りはどうかなー?」
アキコちゃんは、スリッパをペタペタと鳴らしつつ、
キッチンのシンク、トイレ、バスルームと順に見て回る。
「おおー、ほんとにセパレートなんだね。良かったじゃん」
「うん、単身向けの安アパートだと、珍しいみたいだね」
「え? やだ、もう、お湯張ってるしー」
バスルームの中から振り返ったアキコちゃんは、後に従っていた僕をキッと睨みつける。
「やらしー、やる気まんまん」
「そ、そんなことないよ、僕はただキミに旅塵を落としてもらおうと、思ってだね、
ちゃんとお風呂の湯も入れ替えたし、だね、いやいや、まったくもって、そんな……」
旅塵て何だよ……。我ながらしどろもどろだと思う。
「へぇ、追い焚きも出来るんだ? まぁ、一回ごとにお湯を入れ替えてたら、もったいないよね」
「そうなんだよ、残り湯は、ちゃんと洗濯に使ったし、他にもね、色々と有効利用してるから」
「えらいぞぉ」 と言って、彼女は人差し指を立てる。
「節約になるし、エコにもなるもんね」
おし。どうやらポイントアップの模様。
☆ ☆ ☆
「おいしーーーーーー!」
「ほんと?」
「すごいじゃん、太一くん、ほんとにお料理できるんだね。
ぶっちゃけ、不安だったから、あたしこれ持ってきてたんだ」
アキコちゃんは脇に置いたショルダーバッグから、おもむろにカレーのルウを取り出した。
「全然信用してないじゃん!」
「あははは、ごめんごめん、だって太一くん、お料理できるタイプに見えないんだもーん」
「失敬な。僕だって料理くらいするよー、外食すること考えたら、節約にもなるし」
「えらいえらい。あー、おだしが効いてて、ほんとおいしい。あたし煮込み料理大好きなんだ」
「でしょ。いいダシ出てるでしょ? まぁ、ちょっとした隠し味ってところかな」
「カツオでも昆布でも無さそうだしー、なんだろう? もっと濃厚な感じだよね」
「うん。ずっと継ぎ足し継ぎ足しで、煮出してきてるからねぇ」
「へぇー、玄人はだしじゃん。老舗の料理屋さんみたいだね」
「喜んでもらえて、僕も嬉しいよ」
「ごちそうさまでした。美味しかったよ太一くん、ありがと」
☆ ☆ ☆
食後には、お笑いのDVDを見て、二人、腹を抱えて笑った。
「ふぅー、面白かったね」
「うん。このシリーズは最高だよね」
「あ。そうだ、アキコちゃん、よかったら、そろそろお風呂でも入りなよ」
「そうだね、いっぱい笑ったら、汗かいちゃったし」
彼女はそう言うと、手のひらでぱたぱたと首元を仰いだ。
「僕はアキコちゃんが来る前にシャワー浴びたから、気にせずに湯船にゆっくり浸かってね」
「えー、もうシャワー浴びてたんだ? やだぁー太一くんったら、気が早いんだからぁー」
彼女は眉間に皺を寄せ、僕の肩をぱしんと叩く。
だが、その目は怒っていない。
これは、つまり。
まんざらでも無いってことか!
「えへへ」 ついつい顔がにやけてしまう。
「じゃ遠慮なく、お風呂いただきまーす」
「あ、そうだ、湯船のお湯は抜かなくていいからねー」
バスルームに向かうアキコちゃんの背中に僕は声をかける。
「はーい」
ふふふ。
すぐに抜いちゃダメ、ダメ。
ちゃんと、いいダシが出るまでは……ね。
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