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「月光」


お月さまがきれいに見える夜は、

空気が澄んでるからか、よく冷えるね。

そう僕が言うと。

バカだなぁ。

空気が澄んでるからとか関係ないから。

これはね。

月が冷たい光を放ってるから冷えてるんだよ。

ほら。感じない?

彼女はそう言って、夜空を仰いだ。

長い睫毛を伏せ、両の手をゆっくりと広げて。

彼女の細い身体に、光がすうっと集まる。

僕は戸惑いながらも彼女の姿を真似、手を広げてみる。

半信半疑で。目を閉じて。

やがて。

ひんやりとした感触が頬に伝わってくる。

冷て。

……

こ、こらっ。

目を開けると正面に、彼女がいた。

手のひらで僕の頬をはさみながら。

ほんとバカだなぁ。

僕を見上げる小さな顔から微笑みがこぼれる。

僕は冷え切った彼女の手の甲に、自らの手を被せる。

少しでも温もりをと思って。

彼女の顔に浮かぶ二つのみずうみには、月がゆらゆらと反射していた。

別れ話の内容は。

正直。あまり覚えていない。

思い出そうとしても。

記憶の番人が僕を邪魔するのだ。

今宵。

空気は澄みわたり、月は怪しい輝きを放っている。

僕は、あの日を思い出し、静かに目を閉じる。

やがて。

両頬にひんやりとした感触が蘇る。

うん。

たしかに。

月の光は冷たい。ね。

唐突に、ぎゅうっと乱暴に、

胸が雑巾みたく絞られる。

震えが喉を駆け上がる。

熱いなにかが一筋。 

僕の頬を。

流れて、落ちた。












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posted by layback at 01:55
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「リアル福袋」


「福袋買いに行こうか!」

突然、マサシが言い出した。

タクミ、ショウタ、マサシ、幼馴染の中学生三人組は、

地元の神社で初詣を済ませ、今から街に繰り出そうとしていた。

「ええ? バカだなお前、福袋なんて単なる在庫処分品の詰め合わせだぜ」

タクミはそう言ってマサシの提案をばっさりと切り捨てる。

「それに自分の気に入るモノが入ってるとは限らないんだぞ。

せっかく、お年玉貰ったばっかなのに、金をドブに捨てるようなもんだよ」

言い終えたタクミは、やれやれとため息をついた。

だがマサシは、気にも留めないようすで言い返す。

「いいじゃん。今、ここに三人いるんだからさ。

みんなで一つずつ買って、あとで中身を広げて、

それぞれが、好きなモノを選べばいいんだって。

な? そう考えたら面白そうだろ?」

「だからぁ――」

タクミの反論を遮るように、横からショウタの声が被る。

「なるほど、それならいいかもしれないね」

いつもは大人しいショウタが、珍しく頬を紅潮させていた。

どうやらマサシの案に大賛成のようだ。

「ほら」 味方を得たマサシは得意げにあごを反らせる。

「2対1だ。じゃ、多数決で決定ー!」

「ちぇっ。分かったよ。お前らあとで文句言っても知らないからな」

「ハイハイ。よし、じゃ急ごうぜ」

マサシはタクミたちの手をガッチリと掴み、駅に向かって走りだした。


   ☆     ☆     ☆
 

開店20分前にお目当ての店に着いた。

ザ・ビレッジ・バガボンド。

新品輸入衣料に古着、雑貨、家具、書籍など、

ちょっとひねった品揃えで、若者に人気の店だ。

ガラス扉の前には、既に10人くらいの先客がいた。

「なんとか間に合ったな」

「良かったー」

「お前ら! 早く並べ並べ」

三人は列の後から身を乗り出すようにしてガラスの内側を覗く。

ごちゃごちゃとした売り場では、店員たちが忙しなくセールの準備をしている。

レジ近くの、ワゴンの上には、福袋が山盛りになっていた。

「ねぇねぇ、あれどういう意味だろう?」

ショウタがガラスの内側を指差しながら声を上げた。

タクミは目を細める。

積み上がった赤い紙袋の前面には、白抜き文字で「ザ・リアル福袋!」と大書されていた。

「おい、リアルってなんだ?」

「なにがリアルなんだろう?」

「そうだなぁ。うーん……」 タクミは腕組みをして唸る。

「多分ほら、本気で福を呼びます! とか、

ガチでいい商品を詰め込んでます! とかさ、そんなアピールじゃね?」

「そっか。やる気まんまんな感じだね」

ショウタは嬉しそうに頬を膨らませた。

「さぁそろそろ開くぞ。お前ら用意はいいか?」

マサシは目を爛々と光らせ、ジャンパーを腕まくりしている。

タクミが腕時計に目をやると同時に、扉の隙間から四つ打ちのビートがこぼれだす。

店内に音楽が鳴り始めたようだ。

洒落た恰好のヒゲの店員が二人、ガラス扉を静かに開けた。

タクミたちは脱兎のごとく猛ダッシュした。

「走らないでくださーい!」

背中に声を浴びせられる。

当然。誰も聞いてない。

「よっしゃー!」

やがて、三人の手が高々と掲げられた。


   ☆     ☆     ☆


タクミたち三人は福袋をぶら下げたまま、街外れにある公園へ来ていた。

二つ並ぶベンチの一つに陣取ると、各々が袋の口を破り、商品を取り出し始める。

ボロいスニーカーやら、エロいキーホルダーやら、グロいTシャツまで、

マサシとショウタの福袋からは、ザクザクと商品が転がり出してくる。

「すげー!」

「マジで、すげーなオイ!」

一方、タクミだけが、なかなか袋の封を開けられずにいた。

「クソ。何だこれ? やたら封が厳重なんだけど」

「あ、これ使えよ」

マサシからタクミに、福袋から出てきたアーミーナイフが手渡される。

「サンキュ……お。開いた、開いた」

タクミが勢い込んで、半端に開けた袋を逆さまにすると――

ぼとり。

どろっとした液体と共に、赤黒い物体が数個、ベンチに転がった。

「わ! な、なんだ、これ」

タクミは大声を上げた。

マサシとショウタの目がベンチ上の物体に注がれる。

「ひっ」 ショウタは声にならない声を上げ、ベンチから転げ落ちる。

「お、おいタク、これ人の耳じゃねーか!」

マサシは飛び上がってベンチから離れた。

「うぉぉぉおぉおぉおぉおーっ!」

三人の雄たけびが公園中に響き渡る。

「こ、これ、鼻だよ!」

ショウタが腰を抜かしたまま三角の物体を指差す。

「なんだ、このぐっちゃぐちゃでどろどろのは、まさか……目ん玉か!?」

マサシの声で、固まっていたタクミは急に我に返った。

まるでバネが弾けたように、まだ重みを残していた福袋を、地面に放りだす。

……。

カサリ。

土の上で紙袋が震える。

だが、風は吹いていない。

公園の中の全てが動きを止める。

静寂。

やがて、紙袋がもぞもぞと動き出した。

「うわぁあああああぁあぁああああああああああっ」

金縛りが解けたマサシとショウタは急に走り出した。

あ、おい!

タクミは必死に呼び止めようとしたが、声にならない。

二人は転がるようにして、公園の出口から飛び出してゆく。

一人取り残されたタクミは福袋から目が離せなかった。

袋の口がガサリと音を立て、中からゆっくりと血だらけの手首が出てきた。

うぁああああ ああ あ――

声が出せない。動けない。目を瞑ることも出来ない。

ガサリ、ガサリ、

手首は爪の長い指先を器用に使い、地面を必死に掻いている。

いつのまにか、もう、肘まで姿を見せていた。

色白の肌に赤黒い血がべっとりと付いている。

その時、タクミの目が、袋の文字を捉えた。

「ザ・リアル福笑!」

……

わ、笑えねーよ……

袋の口がぶわりと大きくたわんだ。

まるで出産。いまにも頭が産まれ出ようとしている。

真っ黒な髪の中心に綺麗なつむじが見えた。

女、女だ……

黒髪の女は顔を上げた。

タクミは目を見開く。

そこで記憶は途切れた。












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