「福袋買いに行こうか!」
突然、マサシが言い出した。
タクミ、ショウタ、マサシ、幼馴染の中学生三人組は、
地元の神社で初詣を済ませ、今から街に繰り出そうとしていた。
「ええ? バカだなお前、福袋なんて単なる在庫処分品の詰め合わせだぜ」
タクミはそう言ってマサシの提案をばっさりと切り捨てる。
「それに自分の気に入るモノが入ってるとは限らないんだぞ。
せっかく、お年玉貰ったばっかなのに、金をドブに捨てるようなもんだよ」
言い終えたタクミは、やれやれとため息をついた。
だがマサシは、気にも留めないようすで言い返す。
「いいじゃん。今、ここに三人いるんだからさ。
みんなで一つずつ買って、あとで中身を広げて、
それぞれが、好きなモノを選べばいいんだって。
な? そう考えたら面白そうだろ?」
「だからぁ――」
タクミの反論を遮るように、横からショウタの声が被る。
「なるほど、それならいいかもしれないね」
いつもは大人しいショウタが、珍しく頬を紅潮させていた。
どうやらマサシの案に大賛成のようだ。
「ほら」 味方を得たマサシは得意げにあごを反らせる。
「2対1だ。じゃ、多数決で決定ー!」
「ちぇっ。分かったよ。お前らあとで文句言っても知らないからな」
「ハイハイ。よし、じゃ急ごうぜ」
マサシはタクミたちの手をガッチリと掴み、駅に向かって走りだした。
☆ ☆ ☆
開店20分前にお目当ての店に着いた。
ザ・ビレッジ・バガボンド。
新品輸入衣料に古着、雑貨、家具、書籍など、
ちょっとひねった品揃えで、若者に人気の店だ。
ガラス扉の前には、既に10人くらいの先客がいた。
「なんとか間に合ったな」
「良かったー」
「お前ら! 早く並べ並べ」
三人は列の後から身を乗り出すようにしてガラスの内側を覗く。
ごちゃごちゃとした売り場では、店員たちが忙しなくセールの準備をしている。
レジ近くの、ワゴンの上には、福袋が山盛りになっていた。
「ねぇねぇ、あれどういう意味だろう?」
ショウタがガラスの内側を指差しながら声を上げた。
タクミは目を細める。
積み上がった赤い紙袋の前面には、白抜き文字で「ザ・リアル福袋!」と大書されていた。
「おい、リアルってなんだ?」
「なにがリアルなんだろう?」
「そうだなぁ。うーん……」 タクミは腕組みをして唸る。
「多分ほら、本気で福を呼びます! とか、
ガチでいい商品を詰め込んでます! とかさ、そんなアピールじゃね?」
「そっか。やる気まんまんな感じだね」
ショウタは嬉しそうに頬を膨らませた。
「さぁそろそろ開くぞ。お前ら用意はいいか?」
マサシは目を爛々と光らせ、ジャンパーを腕まくりしている。
タクミが腕時計に目をやると同時に、扉の隙間から四つ打ちのビートがこぼれだす。
店内に音楽が鳴り始めたようだ。
洒落た恰好のヒゲの店員が二人、ガラス扉を静かに開けた。
タクミたちは脱兎のごとく猛ダッシュした。
「走らないでくださーい!」
背中に声を浴びせられる。
当然。誰も聞いてない。
「よっしゃー!」
やがて、三人の手が高々と掲げられた。
☆ ☆ ☆
タクミたち三人は福袋をぶら下げたまま、街外れにある公園へ来ていた。
二つ並ぶベンチの一つに陣取ると、各々が袋の口を破り、商品を取り出し始める。
ボロいスニーカーやら、エロいキーホルダーやら、グロいTシャツまで、
マサシとショウタの福袋からは、ザクザクと商品が転がり出してくる。
「すげー!」
「マジで、すげーなオイ!」
一方、タクミだけが、なかなか袋の封を開けられずにいた。
「クソ。何だこれ? やたら封が厳重なんだけど」
「あ、これ使えよ」
マサシからタクミに、福袋から出てきたアーミーナイフが手渡される。
「サンキュ……お。開いた、開いた」
タクミが勢い込んで、半端に開けた袋を逆さまにすると――
ぼとり。
どろっとした液体と共に、赤黒い物体が数個、ベンチに転がった。
「わ! な、なんだ、これ」
タクミは大声を上げた。
マサシとショウタの目がベンチ上の物体に注がれる。
「ひっ」 ショウタは声にならない声を上げ、ベンチから転げ落ちる。
「お、おいタク、これ人の耳じゃねーか!」
マサシは飛び上がってベンチから離れた。
「うぉぉぉおぉおぉおぉおーっ!」
三人の雄たけびが公園中に響き渡る。
「こ、これ、鼻だよ!」
ショウタが腰を抜かしたまま三角の物体を指差す。
「なんだ、このぐっちゃぐちゃでどろどろのは、まさか……目ん玉か!?」
マサシの声で、固まっていたタクミは急に我に返った。
まるでバネが弾けたように、まだ重みを残していた福袋を、地面に放りだす。
……。
カサリ。
土の上で紙袋が震える。
だが、風は吹いていない。
公園の中の全てが動きを止める。
静寂。
やがて、紙袋がもぞもぞと動き出した。
「うわぁあああああぁあぁああああああああああっ」
金縛りが解けたマサシとショウタは急に走り出した。
あ、おい!
タクミは必死に呼び止めようとしたが、声にならない。
二人は転がるようにして、公園の出口から飛び出してゆく。
一人取り残されたタクミは福袋から目が離せなかった。
袋の口がガサリと音を立て、中からゆっくりと血だらけの手首が出てきた。
うぁああああ ああ あ――
声が出せない。動けない。目を瞑ることも出来ない。
ガサリ、ガサリ、
手首は爪の長い指先を器用に使い、地面を必死に掻いている。
いつのまにか、もう、肘まで姿を見せていた。
色白の肌に赤黒い血がべっとりと付いている。
その時、タクミの目が、袋の文字を捉えた。
「ザ・リアル福笑!」
……
わ、笑えねーよ……
袋の口がぶわりと大きくたわんだ。
まるで出産。いまにも頭が産まれ出ようとしている。
真っ黒な髪の中心に綺麗なつむじが見えた。
女、女だ……
黒髪の女は顔を上げた。
タクミは目を見開く。
そこで記憶は途切れた。
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