ぼうっとしていた。
気がつけばまたろくろを回していた。
はじめて彼女を見かけた日のことを思い出していた。
ガードレールとブロック塀に挟まれたせまい歩道だった。
彼女はヒールの音を軽やかに響かせながら向こうから歩いてきた。
私が脇へよけると自然と目が合った。
彼女はこんな年寄りにもおはようございますと優しく微笑みかけてくれた。
すれちがう瞬間、風に吹かれた彼女の髪が私の肩に微かに触れた。
シャンプーの良い香りがした。
あくる日から毎日あの道を歩いた。
健康のための散歩と称して毎日歩いた。
彼女の行き帰りの時間は毎日あの道のあの場所を歩いた。
おはようございます。
いいお天気ですね。
こんばんは。
お気をつけて。
風が吹くと艶やかな黒髪がふわりとなびいて芳しいシャンプーの香りが、シャンプーの香りが、シャンプーの香りが、しない。
あの時のシャンプーの香りがしない。
それどころか腐臭が鼻を突いてくる。
台なしだった。品の良い彼女にはまるで似つかわしくないにおいだった。
昨日髪を洗ってやったばかりなのに。
ちゃんと彼女が使っているシャンプーで洗ってやったのに。
やはりリンスやトリートメントも必要なのだろうか。
それとも香水かなにかをつけていたのだろうか。
もう一度きちんと調べてみなくてはならない。
今晩も髪を洗いましょうね。私は笑顔で語りかける。
生首は無言のまま、ただくるくると回っていた。
ショートショート:目次へ
タグ:ショートショート