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ろくろ


 ぼうっとしていた。
 気がつけばまたろくろを回していた。
 はじめて彼女を見かけた日のことを思い出していた。

 ガードレールとブロック塀に挟まれたせまい歩道だった。
 彼女はヒールの音を軽やかに響かせながら向こうから歩いてきた。
 私が脇へよけると自然と目が合った。
 彼女はこんな年寄りにもおはようございますと優しく微笑みかけてくれた。
 すれちがう瞬間、風に吹かれた彼女の髪が私の肩に微かに触れた。
 シャンプーの良い香りがした。

 あくる日から毎日あの道を歩いた。
 健康のための散歩と称して毎日歩いた。
 彼女の行き帰りの時間は毎日あの道のあの場所を歩いた。

 おはようございます。
 いいお天気ですね。

 こんばんは。
 お気をつけて。
 
 風が吹くと艶やかな黒髪がふわりとなびいて芳しいシャンプーの香りが、シャンプーの香りが、シャンプーの香りが、しない。

 あの時のシャンプーの香りがしない。

 それどころか腐臭が鼻を突いてくる。
 台なしだった。品の良い彼女にはまるで似つかわしくないにおいだった。
 昨日髪を洗ってやったばかりなのに。
 ちゃんと彼女が使っているシャンプーで洗ってやったのに。
 やはりリンスやトリートメントも必要なのだろうか。
 それとも香水かなにかをつけていたのだろうか。
 もう一度きちんと調べてみなくてはならない。

 今晩も髪を洗いましょうね。私は笑顔で語りかける。
 生首は無言のまま、ただくるくると回っていた。













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posted by layback at 12:06
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しっぽ


 妻はママ友たちとの昼食会に出かけている。必然的に私が娘を見ることになる。
 べったりと張りついているのも何なので、書斎で書きものをしながら見ることにする。
 見るというよりは、目の届くところで勝手に遊ばせておく、といったほうが正確かもしれない。
 子守りはあまり得意ではないが、きっと彼女のお気に入りの動物のおもちゃたちが、良い仕事をしてくれるだろう。

 娘は色とりどりの声色を器用に使い分けながらままごと遊びをしている。
 キリンが母親役で、ゾウが父親役、子供役はどうやらワニのようだ。
 複雑な家族構成に思わず苦笑いしてしまう。
 菜食主義の両親に、肉大好きの男の子。
 これではキリンのママさんも毎日の献立が大変だぞ。などと要らぬことを考える。

 こんやはハンバーグですよー。
 脳天気な声がして、椅子からすべり落ちそうになる。
 そこはふつうにハンバーグで良いのか。考えすぎだな、私は。

 集中して一気に第一稿を書き上げた。
 結びの句点を打ち終えて、ぐいっと伸びをする。
 一段落ついた空気を読み取ったのか、娘が話しかけてくる。

 ねえねえ、ぱぱの本にはしっぽがあるね。

 しっぽ? いったい何のことかと思い、振り返る。
 娘は本棚から抜き出した本を、ぱたぱたと開いたり閉じたりしている。
 どうやらしっぽとは、しおり紐のことらしい。
 たしかに彼女の絵本には、ほとんどしっぽがついていない。

 しっぽ、しっぽ、かわいいね。
 娘は本のしっぽで遊びはじめる。
 本はあきらめ顔でされるがままになっている。

 原稿の手直しをするうちに、いつしか声はやんでいた。
 遊び疲れたのだろう。娘はうつらうつらと舟をこいでいる。
 そろそろ昼寝の時間だ。
 
 娘を抱き上げる。
 意外にずしりときて、重くなったなあ、と感心する。
 この春、彼女は幼稚園に入園する。

 きみも、もう少しでしっぽつきの本が読めるようになるね。
 私はおだやかな寝顔に語りかける。
 寝室へ行くと、窓からこぼれる春の日差しが、ベッドにひだまりを作っていた。













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posted by layback at 01:07
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