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「球音」


カキーン。青空に金属音が突き抜ける。

痛烈な当たりがショートを襲う。

だが、大丈夫だろう。

守りに就いているのは、理佳だ。

彼女は、学生時代にソフトボール部だったというだけはあり、

部署対抗で行われている今日のゲームの中でも、そつの無い球捌きを見せていた。

俺は、当然、この場面でも、彼女が華麗にボールをキャッチし、

ファーストへ矢のように送球するイメージを頭の中で描いていた。

ところが――

「キャーッ!」

理佳は大声を上げて、まるで女の子のように(失礼な! と怒られそうだ)球を避けたのだ。

ボールは緩やかに失速しながらレフト前に転がってゆく。

スタートを切っていたセカンドランナーは悠々とホームに還った。

むむむ。同点になってしまったじゃないか……。


    ☆     ☆     ☆


「理佳、お前、なんだあの守備は、楽勝だろうが、あんな当たり」

「だって、女の子だもん」 

理佳はわざとらしく内股になって、しなを作る。

「バカ」

俺は理佳の頭をグラブでコツリとやる。

てっ。彼女は機械仕掛けのようにナイスなタイミングで舌を出した。

まったく。憎めないヤツだ。

「次の打席で取り返すんだぞ」

「おう、まかせとけ」

俺は男勝りな理佳をハイタッチでネクストバッターズサークルへ送り出す。

言葉通り。理佳はきっちりと流し打ちを決め、ライト前へボールを落とした。

そう。打つほうも、なかなかのモノなのである。

結局。もつれにもつれたゲームは我がチームの劇的なサヨナラ勝ちで終わった。

喧騒はほんの数分で収まり、グラウンドでは既に、次の試合の準備が始まっている。

俺は、相手チームにいた同期と少し立ち話をしたあと、一人でロッカールームへ向かった。

その時。近くで、大きな笑い声が響いた。

目をやると、クラブハウス前に停められたミニバンの側で、

さきほど理佳強襲の当たりを放った選手が、家族と談笑している。

「もうパパー、ホームランって言ったのにぃ」

「あはは、いちおうヒットだったからいいだろ?」

「今度は絶対ホームランだからね」

そう言って、4、5歳に見える少年は、父親の太腿にしがみ付いた。

理佳、お前――

彼の子供が応援に来てるのを知ってて、わざと……。

あたし。保母さんになりたかったんですぅー。

そういえば以前、理佳がそんな話をしていたことがあった。

恐らく、少年と父親が試合前に約束している光景でも見たのだろう。

子供好きとしてはもう、いてもたっても。ってヤツか。

フッ。何が、女の子だもん。だ。

ひとりでに笑みがこぼれた。

まったく、ファインプレーじゃないか。

このあと開かれる打ち上げの席で、皆で冷やかし、突っ込んでやろうかと思った。

だが、やめた。

理佳に質すこともやめておこう。

俺の心の中で、彼女の存在が少し、大きくなったような気がした。

よし。

今度、昼メシでも奢ってやるか。

俺は両腕を掲げ、うーんと背を伸ばす。

見上げた空はどこまでも高く、雲ひとつ無い。

カキーン。

後続チームの放つ球音が、

澄んだ水色の中に吸い込まれていった。












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posted by layback at 22:26
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「ヒーロー2」


せっかく。

せっかくヒーローとして死ねると思ったのに――

変なヤツに邪魔をされた。

僕が死のうと思って、駅のホームで電車を待っていると、

たまたま、ふざけていた子供が、目の前で線路に落ちた。

予想外のアクシデントだったが、チャンスだと思った。

ここで僕が飛び降りれば、自殺だとは思われない。

――きっと子供を助けようと思って、彼は――

そんな美談になるはずだった。

それなのに、アイツは邪魔をした。

僕の後を追うように、線路へ飛び降りたのだ。

男は転んだ僕を追い越し、俊敏な動きでまず子供を救うと、次に僕を助け出そうとした。

だが、本気で足を挫いていた(本当は足を挫いたフリをするつもりだった)僕を動かすことは出来なかった。

電車は迫る。

その時だ。

何を思ったかアイツは上着のポケットから、万国旗や数羽のハトを次々に取り出したんだ。

いったい。

あれは、どういうつもりだったのだろう。

結局。電車は急ブレーキをかけて止まり、僕らは助かった。

僕とアイツは首根っこをつままれた猫のような体で駅長室に連れてゆかれた。

「困りますね。線路に飛び降りられては」

「ちょっと――」 

ヤツは反論しようとするが、鉄道警察の制服男に遮られる。

「いいですか。一歩間違えば、三人とも犠牲になっていたのですよ」

「でも、俺たちが助けに行かなきゃ、あの子供は」

「非常停止ボタンというものがあります」

制服男は人差し指を立て、赤子を諭すように言う。

「結局それであなたたちも助かったのですよ。

以後、あのような危険な真似は慎んでくださいね」

「……はい」

ヤツは不承不承うなだれてみせる。

僕らは住所氏名などを控えられ、やっと解放された。

「おい、お前のせいだぞ。あの子供だけなら楽勝だったのに。ほんとなら今頃、俺はヒーローになってたんだ」

「な、何言ってるんだ。僕一人動かせなかったくせに。何がヒーローだよ」

僕は腹立たしかった。文句を言いたいのはこっちの方だ。

「ちょ、お前何キロあんだよ。普通にムリだっつうの」

「……98キロだよ」

ついサバを読んでしまった。実際には112キロだ。

ヤツは数字を聞いて、目をクルクルと回している。

「そりゃお手上げだ。まあいいや。あー腹減ったな。関取、なんか食って帰ろうぜ」

「だ、誰が関取だ――」

え? 

思考にブレーキがかかる。

今なんて言った?

「さ、さ、突っ立ってないでさ。メシ行こうよ。戦友みたいなもんだろ俺たち」

「……う、うん」

動揺した。

ずっと、友達がいなかったからだ。

いや。ネットの世界には数人いる。

だが会ったことは一度も無かった。多分今後も会うことはないだろう。

しみったれた人生を振り返る。

ゴハンに行こうだなんて、誘われたこと。記憶に、ない。

僕は戸惑いながらも、ヤツに背中を押されるままになっていた。

ヤツは調子に乗って、「突っ張り突っ張り」「送り出しー」などとふざけている。

「なぁ。何食う?」

「うーん……、マックとかケンタとか……」

「なんだよちっせぇなぁ、豪勢に行こうぜ」

ヤツが勢いよく入っていったのは「王将」だった。

たしかに名前は豪勢だ。いや豪勢か?

とにかく餃子で有名な店だ。それは分かる。

「こ、ここかい?」

「なんだそのしけた顔。金ならいいって、今日は奢るよ。お前どうせ金がなくて死にたくなったんだろ?」

知ってたのか……。唖然とする。

理由はお金ではないが。まさか気付かれてるとは思わなかった。

「腹いっぱいになりゃ、少しは前向きになれるんだって。これ経験談。間違いないぜ」

ヤツはそう言って片目を瞑る。

僕らは四人掛けのボックス席に案内された。

「よ。ビール飲むだろ?」

「え? まだ昼間だよ」

「バカ。昼だからいいんじゃん。しかも平日な。これこそ非日常の世界へようこそ。だよ」

餃子餃子ニラレバキムチに炙りチャーシュー。

あっという間に皿たちがテーブルを占拠する。

「お姉さん、ビールもう1本ね」

ヤツは追加を頼み、やや赤らんだ顔で、僕の方を向く。

ぶっきらぼうだが、コイツ。いいヤツなのかも知れないなと僕は思い始めていた。

僕がずっと家に引きこもっていると打ち明けたら。存外、親身になって聞いてくれたのだ。

「な。仕事しろよ。なんでもいいんだよ正社員だとかなんだとか、ややこしく考えるな、なんでもいいんだ」

ヤツは割り箸のお尻でテーブルをトントンと叩きながら語る。

僕はお冷やに入っていた氷を小さくなるまで口の中で転がしていた。

「よし今度、営業がある。そん時、お前を助手にしてやる」

「助手?」

「ああ俺はマジシャンだ。マジシャンには助手が必要だ」

ヤツはそこでジャケットの襟を正す。

「言い忘れてたな。俺の名前は轟 空太郎」

轟 空太郎はそう言って、剛毅な名前のわりに、ほっそりとした手を差し出した。

 
    ☆     ☆     ☆


僕は線路に飛び降りる。

向かってくる電車を豪快に踏み潰す。

ミニチュアの車両が折り重なるように脱線する。

キャー!

デパートの屋上に響き渡る子供たちの悲鳴。

ヤセガマン助けてー!

デヤッ! 

舞台の袖から派手に登場するヒーロースーツ。

トォッ!

だがドーン、僕は小手投げで、轟扮するヤセガマンをブン投げる。

轟はよろめきながら立ち上がり、僕に組み付いてくる。

もみ合うふりをしつつ、轟はヒーロー顔を僕の耳元に寄せる。

「おい。関取、手加減しろ。お前、自分の役割分かってんのか」

「何がマジシャンだよ」 僕は怪獣の被り物の中で吐き捨てる。

「だからーなんかの手違いで手品の営業のはずが、

ヒーローショーになっちまってたって言ってるだろが!

派遣会社に抗議の電話をかけても『すまんが頼む』その一言だぞ!

それっきり留守電だ。バッドウィルめ、まったくなんて会社だ」

頭上で両手をガッチリ組み、おでこをぶつける僕ら二人。

被り物の中ではひそかに言葉の応酬が繰り広げられている。

「おい関取」

「関取じゃない。星大地って名前があるんだよ」

「じゃ大地、いいから早く倒れろって」

ヤセガマン頑張れー! 声援というよりもはや悲鳴になっている。

「トォッ!」

「ギャーッ!」

轟のモンゴリアンチョップを受け、僕は大げさに崩れ落ちる。

いっせいに子供たちの歓声が上がり、星屑のように舞台に降りかかる。

そして閉幕。


   ☆     ☆     ☆


「な。働くっていいだろ?」

「まあね。汗もかいたし、少しすっきりしたかも」

「じゃ。メシ行くか」 

「王将以外でね」

「なんで」

「今日は僕の奢りだ。こないだの借りは返す。だから、今日は僕が店を選ぶ」

こいつは僕を。僕を闇の底から救い上げてくれた。

ひょっとすると本当にヒーロー体質なのかも知れない。

もっとも。

てんで非力。弱っちいヒーローではあるのだが。

デパートの外に出ると、青空が広がっていた。

高い位置に白い雲が二つ。はるか彼方へゆっくりと流れてゆく。

空気は澄んでいる。僕は大きく息を吸い込んだ。

「さ。行くよ、空太郎」

「いてっ、こら大地、押すなっつうの――」

今なら何が相手でも倒せそうな気がする。

僕らの前には、果て無き道が広がっていた。












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