おすすめ作品

  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

  ショートショート全作品目次へ


「初恋」


キュイーン。電流が走った。

予兆はあった。

彼女の姿を見ていると、胸が妙にムズムズするのだ。

この職場に来て一月半、自動車組み立ての仕事にも慣れ、

同僚や先輩たちと、少しは会話する余裕も出てきた。

中でも、部品供給を手伝っている彼女と話をする時は、特別、心が浮き立つ。

いったいなんなんだろう? この気持ちは。

不思議だなと感じていた。

今まで一度も恋をしたことが無かったから、感覚が分からなかったのかもしれない。

恐らく、これこそが恋。

なのだろうか? まだはっきりと確信は持てない。

ある日、終業時間間際に、僕が工程に流れてきた車体の組み付けをしていると、

彼女がカートをするするすると押して、部品を運んできた。

「ありがとう、瞳さん」

「リョウくん、今日も頑張ってるね」

「うん。今日は定時で上がれそうだし、ラストスパートだね」

「終わってから飲み会には行くの? わたしも田沢さんに誘われたんだけど」

「ううん、お酒は苦手だから、今日は遠慮しておくよ」

「そっかぁ、残念だな」

え?

彼女はまつ毛を下げ、一瞬、とても悲しそうな表情を見せた。

「じゃ、頑張ってね」 

ねぎらいの言葉と笑顔を残し、彼女とカートは通路の向こうへ遠のいてゆく。

僕は仕事が終わったあと、ロッカールームで先輩の田沢さんに相談してみた。

「なんだか僕、好きになっちゃったみたいなんです。瞳さんのこと」

「おおリョウ! マジか! お前もやっと人間らしいこと言うようになったな」

田沢さんは、そう言って、僕の背中をバンバンと叩く。

「でもな。瞳ちゃんは人気あるからなぁ。ライバルは多いぞ?」

「ですよね、僕なんかやっぱりムリですよね。すみません、なんだか下らないこと言っちゃって」

僕は急いでシャツのボタンを留める。

恥ずかしかった。早くこの場から去りたかった。

僕の言葉を聞き、田沢さんは、突然、着替えの手を止めた。

裸の上半身を気にもせずに腕を組み、真剣な目をして僕をじっと見つめる。

「リョウ、諦めるな。やらずに後悔するくらいなら、やってから後悔しろ」

「……は、はい」 

僕は軽く感動した。

一見、ちゃらんぽらんに見える田沢さんの口から、そんな熱い言葉が聞けるなんて。

「これはエッチな意味じゃないぞ」

「わ、分かってますよ!」

もう……、田沢さんはいつも一言多い。


    ☆     ☆     ☆


「好きなんだ。僕、いつも瞳さんのことばかり目で追ってしまって――」

後はもう言葉にならなかった。

「ありがとう、わたしも好きよ。いつも真面目で一生懸命なリョウ君が、好き」

彼女はそう言って僕のコートの袖を掴んだ。

キュイーン。天を仰ぐ。僕の心は星空に舞い上がる。

信じられない。あの瞳さんと両想いだなんて――

考えただけで気を失いそうになる。

おっと。フラついた僕を彼女が支えてくれた。

「大丈夫?」

「ごめん、ありがとう」

僕は両足を踏ん張り、体勢を立て直す。

「今日は寒いね、空気は澄んでて、星はキレイだけど。わたし、手が冷たくなっちゃった」

彼女はそう言い、両手にほぉっと息を吐きかけた。

「こ、これ、巻いていいよ」

僕は自分のマフラーを彼女の首にかけて、くるりと回す。

彼女は、僕の肩にそっと身を預けてきた。

僕を見上げる潤んだ瞳に、街灯の光がふるふるふると揺れている。

こんな時、何を話せばいいんだろう?

僕が悩んでいると、彼女は目を瞑り、すっと顎を上げた。

ドラマでよく見るシーン――

田沢さんに聞くまでもない。僕にだって分かる。

――彼女は、キスを求めている。

僕は目を開いたまま――

え? それは女の子に失礼?

だって目を閉じたら場所が分からないじゃないか!

――そう、僕は目を開いたまま彼女の唇の位置を確認し、そしてキスをした。

キュイーン。

ビリビリビリと電流が走る。

充電が始まった。

ロボット同士がキスをすると、

バッテリー残量の多い機体から少ない機体に対して充電が始まるのだ。

キュイーン。キュイーン。キュイーン。心拍数はBPM200。

電流と共に彼女の気持ちが伝わってくる。

温かい何かが胸に溢れて、今にもこぼれそうになる。

“恋とは、電流なのだなぁ”

なるほど。

僕は、ロボット詩人AIDA320の詩の意味を、ここで初めて理解する。

だって、まさにその通りじゃないか!

「だよね」 

彼女はそう言って、にこりと微笑んだ。













ショートショート:目次へ


「jump」


すれ違いざま、肩が触れただけだ。

なのに……。

一瞬。互いに振り返る。

ばちこん。音を立てて目が合う。

向こうはいまいましいヤツめ、とばかりに顔をしかめている。

だが、男はそのままくるりと踵を返し、歩き出した。

ほっとしたものの。俺は金縛りにあったように動けない。

しばし、去り行く大きな背を見送っていると、男の足がぴたりと止まった。

何故だ?

恐らく。怒りがぶり返したのだと思う。

男は再び反転し、こちらへ向かって猛烈な勢いで駆け出した。

俺は焦った。逃げようにも身体は硬直していて動かない。

ヤツは俺の2、3メートル手前で、すっと沈み込むやいなや、大鷲のように飛び上がった。

眼前に迫る両の靴底。

AJXだった。

クリアゴム製のソールに透けるマイケル・ジョーダンのシルエットがやけにはっきりと見えた。

衝撃が走る。暗幕の内に花火が散発する。俺の意識は遠のいてゆく。

まさか、ストリートファイトでドロップキックを繰り出すツワモノがいようとは……

そんなことを考えながら俺はアスファルトに沈む。


    ☆     ☆     ☆


うわっ。

肌荒れのひどい大きな顔のどアップ。

目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。

傍らには例の男が座っている。

「大丈夫か?」

「いや」

意識は比較的はっきりしている、ただ、ずきずきと後頭部が痛む。

後髪を掻き分けると、たんこぶが出来ていた。

「頭が痛い」

「お前は受身を練習しなければ」

「は?」

俺は部屋の中を見回す。

広さは約十畳程度か。フローリングの床。壁はコンクリート打ちっ放し。

使い込まれた小型のサンドバックに磨き抜かれたトレーニングマシン。

床の上には大量のマンガ雑誌が積み上がっていた。

あとは俺が寝かせられているベッドがあるのみだ。

生活感がほとんど感じられない。小さなジムにベッドが置かれているようなものだ。

「ここはどこなんだ? あんたはいったい――」

「オレの部屋だ」

それはそうだろう。あんたの雰囲気に合ってる。

雷おこしみたいな顔に表情らしきものは浮かんでいない。

細筆で引いたように無機質な目が俺を睨みつける。

低く潰れた鼻の下には存在感も形も薄い唇が収まっていた。

それにしてもマッチョな男だ。職業:格闘家と言われてもまったく驚かない。

「あんたの部屋だってのは分かった。地理的にどこなんだ?」

「それは言えん」

「言えよ」

「言えん」 

とりつくしまも無い。

「あんた、何者なんだよ」

「オレか。オレはずっとお前を探していた」

「……」 さっぱり意味が分からない。言葉も出なかった。

「後を付けていたことに気付かなかったのか。一週間だぞ。どん臭いヤツだな」

ヤツはうんざりした様子で、大きく息を吐く。

「どの程度反応出来るか試してやろうと思って攻撃を仕掛けたのに、お前ときたら――」

罵りの効果を上げようというのか、そこで一旦言葉を切る。

「あのザマだ」

「いきなり、ドロップキックはないだろう、肩が当たっただけじゃないか」

「上段回し蹴りなら避けられたとでも言うのか?」

ヤツは鼻で笑う。

「お前みたいに軟弱な若造がこの世界を救えるとは、オレには到底思えない」

何の話だ……。

俺は枕に頭を下ろした。ずきりと痛みが走る。

横向きに寝返りをうつ。ヤツの顔など見たくない。壁に向けてだ。

冷え冷えとした灰色の壁には、レッド・ツェッペリンのポスターが貼られていた。

ミステリーサークルの写真を使ったアルバムジャケット。

たしか、リマスターの二枚組ベスト盤だったか。

そういや、ミステリーサークルって、結局、人の手による悪戯なんだよな。

テレビ番組で、なんとか教授が口角泡を飛ばし、熱弁していたことを思い出す。

「で、やる気はあるのか」 男の声が壁に跳ね返ってきた。

「……何をだよ?」 ずきり。俺は目を瞑り、後頭部を押さえる。

ヤツは、より低く声色を変え、話しはじめた――


    ☆     ☆     ☆


「どうだ?」

「うん、物語の冒頭部分としては悪くないね」

「だろ。でもこの後がまったくのノープランなんだ」

「フフ、それじゃダメじゃん。でもホントいいと思うよ」

「幸坂井太郎を意識してみたんだ。あいつ人気あるしな」

「人気あるよね、若者に」

「それと女子にな」

「……結局モテたいだけじゃん」

「そ、そんなこと――」

「要するに、ラグビー部に入ったのも、バンドやってたのも、

スノーボードを始めたのも、全部女の子にモテたかったからなんでしょ?」

「い、いや、それは――」

「全部中途半端な中折れ野郎」

「……」

「小説はちゃんと書き続けろよな」

「ああ」

「猪木賞獲るまでだよ」

「分かってる」

課せられたハードルは高い。

ドバイの高層ビルぐらい高い。

だが、俺は飛び越えるだろう。

多分ね。











ショートショート:目次へ

×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。