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「250」


ある日曜日。

部屋で寝そべりながらテレビを観ていた。

壁掛け時計にちらりと目をやる。あと10分ほどで15時だ。

このくだらないバラエティ番組も、もうすぐ終わるだろう。

と。唐突に、8ビートのリズムが鼓膜を打った。

なんだ?

動揺する出演者たち。

いきなり。

画面の端から黒タイツに上半身裸の男が登場した。

おい、

俺は思わず身を起こし、前のめりになる。

まさか・。

復活したのか?

ここ数年。まったくテレビで見る事も無かったハードコア芸人だ。

ネット上では、うつ病の治療を受けているという噂も聞こえていた。

とにかく常識外れの言動から目が離せない。

故に刺激的で滅法面白い。

だが、メディア側の過剰な自主規制の流れで、

いつしか彼は、使いづらいタレントになっていった。

まずゴールデンタイムからその姿が消え、出演機会はじょじょに深夜枠に限られてゆく。

やがて、彼の勇姿を茶の間で見ることは完全に無くなった。

俺は目をこする。

見間違えではない。

見紛うはずもない。

このスタイル。キレの良すぎる動き。

それよりなにより常軌を完全に逸した目。

大声、というよりむしろ咆哮と呼ぶのが相応しい魂の叫び。

野獣にがぶり寄られたカメラのレンズには涎がスコールのように降り注いでいる。

もともと痩せていたが、さらに少し痩せたか?

ますます薄くなった髪には白髪も混じっている。

だが、芸風はまったく変わっていない。

そう。ヤツはいつも全力だった。

そして今も。

きっとこれからも。

なぜだか出演者たちにはやし立てられ、

不条理な流れでヤツは、熱湯風呂に入れられようとしていた。

刹那。水しぶきが弾ける。

ヤツは自らダイブした。しかも頭からだ。

黒タイツに包まれた両足が激しく空を蹴る。

水中カメラ(湯中カメラか?)が捉えたのは、まさに阿鼻叫喚の図だった。

ぐ。頬が引き攣る。

俺は堪えきれずに噴き出した。

バカだなぁ……。

相変わらず、本物のバカだ。

笑い転げるうちに。

いつのまにか俺の頬を、何かが伝っていた。

違う。俺は泣いてなんかない。

ただ。

江頭が熱くなっただけさ。















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posted by layback at 01:17
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「混雑した車内でメールは……」


拙者。少々酔っている。

混雑する車内。

さっきの停車駅で降りる者がちらほらといた為、なんとか座席にありつけた。

ふう。

目が疲れた。

時代物の文庫本をバッグに仕舞い、代わりに携帯電話を取り出す。

肩を狭めながら画面を覗き込む。

先日、機種変更したばかりなので、まだ操作が覚束ない。

いや、覚束ないのはもちろん、酔いのせいもある。

着信ランプが緑色に光る。

メールが入った。

From:ユミ

“今日は飲み会だったんだよね?

 大丈夫? 飲みすぎてない?

 あたしはさっき電車に乗ったところ。

 気をつけて帰ってね。”

携帯SNSで知り合った女。

自称・北川景子似だという。

プロフィールに貼られていた横顔の写メは、

フィルター処理されていたものの、たしかに美人に見えた。

まぁそんなもの、てんで当てにはならぬのだが。

さて、返信せねば。

ええい。くそ。

キー上に於いても千鳥足な自らの指にイラつきながら何度も文字を打ち直す。

“もう飲み会は終わって、今は電車の中だよ。

 すごく混んでて参るね。酒臭い人も多いし――”

もちろん。俺もその発生源の一人なのである。

まぁそれはそれ。いわゆる棚上げだ。

うう。それにしても狭い。

このオヤジ。俺に寄りかかるんじゃない。

肩でどんっ。と突き返してやる。

オヤジは一瞬驚いたように目を開け、こちらを睨みつける。

俺はひるむことも無く睨み返す。

――こやつ。ぶった斬ってくれようか。

オヤジはすっと目を逸らす。

しばし平穏な時が訪れる。

オヤジは再び、こくりこくりと舟をこぎ始める。

まぁその程度の揺れならよかろう。

問題はこちらにもある。

ぎろり。と目を転ずる。

左隣の太ったオンナ。

そなたは明らかに香水のつけ過ぎだ。

露骨に顔をしかめて鼻をすすってみたものの、オンナは携帯に夢中で気付かない。

蚕のようにむくむくとした指のくせに超高速でメールを打っている。

スワロフスキーでごてごてと装飾された携帯電話は嫌でも目を引く。

それで大根が下ろせそうだな。などと思う。

ひょいと背を伸ばして覗き込むと、画面は虹色に光っていた。

生意気にもメールブロッカーか。

フ。

誰もそなたのメールの内容に興味などないというのに……。

そうだ。

メールの続きを打たねば。

“――隣の女の子の香水の匂いがすごくてさ。

 なんだか気分が悪くなってきたよ――”

おお。いかん。

もう次の駅ではないか。

“――じゃ、家に着いたらまたメールするから。”

送信。

携帯のマナーモードを解除し、胸ポケットに仕舞う。

電車を降り、改札を抜ける。

目の前にはコンビニがある。

ふらふらと入口に寄り付いた俺は、缶ビールとつまみをカゴに入れ、レジへと向かう。

金を払っていると、ポケットの中で着信音が鳴った。

薄暗い夜道を一人歩きながら携帯を開いた。

静けさの中。手元だけが薄らぼんやりと光る。

メールが入っていた。

From:ユミ

“あたしの隣の男。さっきやっと降りたよぉ。

 お酒臭いし、一人でぶつぶつ言ってるし、

 それに、人のメール。やたらとジロジロ覗き見てね、

 ほんと感じ悪かったんだ――










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