なんで男って浮気するんだろうね。
しかも奥さんが妊娠してる時に限って。
やり方が汚いわよ。
夕食後。妻と二人でテレビドラマを観ていた。
専業主婦である妻の妊娠中に旦那が外で浮気をする。
そんな普遍的なシーンに我が妻は。
たいそうご立腹のようだ。
いいかい?
わたしは人差し指を掲げた。
「まず。妊娠、受胎というのは、新たな生命=エネルギーが無から生まれるわけではなく、
母親の持つ生物エネルギーが、子供に受け継がれるということなんだ。
そう考えると「つわり」なんかは減少したエネルギーの分、母親が体調を崩す症状といえるだろう。
まぁ、そうはいっても、エネルギーの受け手である子供の身体は母親の胎内にあるわけで、
「母プラス子」で合算するとエネルギーの総量は変わらない。
これは、いわゆる“エネルギー不変の法則”というヤツだ。
だから、つわりも結局は、一時的な体調不良で済むんだな――」
「ちょっと待ってよ、それ、いったい何の話?」
妻の顔に「?」が浮かぶ。
戸惑いを隠しきれない様子だった。
いいかい?
わたしは片目を瞑り、人差し指を振る。
「もちろん。男だってそうだ。
父親の生物エネルギーも子供に受け継がれる。
母親ほどではないにしても、やはり父親の持つエネルギー量も減少する。
男としては、それが、精神的にクルわけだな。
そう、それはいわば喪失感――」
いかん。遠い目になってしまった……。
妻の眉間に雲がかかる。
「で? 何が言いたいの?」
二人の会話に忍び寄る影。
だが、わたしの口は止まらない。
「そこで男には、なんらかのエネルギー補填が必要になる。
好みの女性を探し出し、口説き、充電――
つまり、プラグを差す訳だ」
バシッ。
頭蓋に震度6。
頬がスパークし、火花がわたしの視界を埋め尽くした。
部屋の向こうに遠のいてゆく彼女の背が、涙でぼんやりと霞む。
今語ったのはあくまで一般論。
わたしの愛は不変なのに……。
テレビ画面はいつのまにか、バラエティ番組に変わっている。
観客の笑い声がなぜだか嘲笑に聞こえた。
わたしはリビングで独り。頬を押さえる。
彼女の怒りの余波が手のひらに。じんじんと響く。
痛感する。
我が妻のエネルギーはデカかった。
ショートショート:目次へ
タグ:ショートショート