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  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

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「最後の男」


よもや僕が、地球上に残された最後の男になろうとは――

だがリカルドは、悲観することもなく、わりと気ままに毎日を過ごしていた。

電気は屋根に取り付けたソーラーパネルから供給されるし、

食料や飲料水は捨て置かれたショッピングモールに行けば売るほどある。

(もちろん売る相手はいないのだが……)

リカルドはこの日も部屋で一人、カウチに座り、

録り溜めたテレビ番組をヴァーチャスコープで楽しんでいた。

うあっははは!

こいつは傑作だ! ははっ、はっ、はぁ……

リカルドは肩を落とした。

そりゃあ、ときおり寂しくなることもある。

家族との団欒を思い出したり、恋人のマリアのことを考えてみたり。

リカルドは力の無い手つきでヘッドフォンとスコープを外した。

その時。

ノックの音がした。

また来たか……。

リカルドはゆっくりとドアに歩み寄る。

そして、その上で這いつくばった。

「リカルド、いい加減になさい」

床に埋め込まれたドアの下から母親の声がする。

「あなたもさっさとこっちの世界へ来なさい」

「嫌だね。僕が暗い場所苦手なの知ってるだろ」

「リカルド。あなた紫外線に焼かれて死んでもいいの?」 

「暗さに怯えて死ぬよりはいいね。それに防護服だってあるんだから大丈夫さ」

ふう、と母親の重たいため息が床に響いた。

「いくら室内だと言ってもね、紫外線は入ってくるの。

だから世界中の人々が地下に潜って暮らしているんでしょ。

ねぇリカルド。いい子だからママの言う事を聞いて」

「嫌だ」 リカルドは寝そべったまま首を横に振った。

「世界中見回しても、もうあなただけよ。

地上に残っているのは。お願いだから早く降りてきて……」

近年。地上に降り注ぐ紫外線の量が急激に増大した為、

人類は皆。地球下に避難してしまった。

もはや地球上に残っているのはリカルドだけだった。

「前向きに検討しておくよ。ママ」

リカルドは下を向き、小さくそう言った。












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「エスニック風」


風に乗るスパイシーな香り。

通りの先に見えてきたのは藁葺を模した屋根。

カジュアルな印象のエスニック風レストランだった。

いや、レストランと言うより、東南アジアの大衆食堂。

そう言ったほうがピンとくる。

入ってみるか。

ええ。

わたしの唐突な問いかけに妻が頷く。

木彫りの装飾が施された扉を抜けると、

幾千もの香りが渾然一体となり、鼻腔に飛び込んでくる。

身体の中心で食欲の風船が急速に膨らんでゆく。

それはもう破裂せんばかりに。

ランダムに配置されたテーブルを埋め尽くす客。客。客。

喧騒。スパイス。人いきれ。

手に手にトレイを掲げ、席と席との間を華麗に縫い進むホールスタッフたちも皆一様に、

額に汗を浮かべている。

活気があっていいじゃない。

隣で妻が言う。

食べてみようよ。ね?

そうだな。

わたしも頷く。

小太りで口ひげを蓄えたスタッフに、店の奥へと案内され、席に着く。

ああー、ほんと刺激的で、いい香りだわ。

お腹空いてきちゃった。わたし。

何にしようかしら――

そよぐ微風。

メニューをめくる妻の手が止まる。

これこそ香辛料のカオスが巻き起こす風なのだろうか。

妻が顔を上げた。

このスパイシーな香りって……ガラム・マサラ? 

いや。待て。

妻の問いを手で遮る。

わたしは気付いた。

隣の席で給仕するスタッフを横目でちらりと見、さりげなく指差す。

彼をよく見てごらん。

……

まさか……、あなた……

ホールスタッフが通るたびに起こる微かな風。

そこへ、ふわりと乗る香り。

そう。それは――

まるで・ガラム・マサラ。

わたしと妻はついに、香りの発生源を知ってしまった。

なんと、彼らが身に着けている白いシャツの脇の部分に、黄色い汗染みが……。

しかも。

皆が皆だ。

ねぇ、あなた……

妻の顔が見る見る間に青ざめてゆく。

ああ。間違いない。

ここは、

体臭食堂だ。












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