うすうすのラップトップに向かい、キーボードを叩いていると、
突然。
着信音が鳴った。
「Girls Just Wanna Have Fun」。
軽快で、跳ねた調子のイントロに、しばらく聴き入ってしまう。
室内履きでペタペタと、フローリングの床にリズムを刻む。
携帯を手に取った。
画面に表示されているのは、学生時代の友人の名だった。
シンディ・ローパーが歌い出す前に、僕は通話ボタンを押した。
「はい」
『あー、もしもし?』
ぶっきらぼうだけど、懐かしい声が耳に響いた。
「レイ。久しぶりだね」
『おう、久しぶりだな。元気にやってるか?』
「うん。元気にしてるよ」
『そうか。で、最近はどうだ? 書いてるのか?』
レイは大学の小説研究会の仲間だった。
同期の中ではリーダー的な存在で、三回生の頃には部長も務めていた。
社会人になった今でも、時折、電話やメールをくれる。
僕にとっては数少ない友人の一人だ。
「ああ、書いてるよ。キミは?」
『もちろん書いてるさ。賞にも応募してるぜ。なかなか引っかからないけどな』
がはは。と豪快な笑い声が携帯を震わせた。
「そっか。難しいよね」
『お前もこないだの“エンタメ小説大賞”。応募したんだろ?』
「いや、結局、間に合わなかったよ。
プロットがなかなか固まらなくてさ。書き出すのが遅かったんだ」
『おいおい。プロットなんかいちいち気にしてちゃダメだぞ。(※プロット=物語の設計図のようなもの)
キャラと設定だけしっかり作り込んでおけば、あとは物語が勝手に走り始めるんだ。
ほら、覆面作家の王城舞太郎がいるだろ? ヤツが雑誌のインタビューで言ってたよ』
「なるほど。あんまりプロットにこだわりすぎるのもよくないのかもね。
なんだか、NHKの番組でミステリ作家の創作秘話を見てたらさ。
感心しちゃってさ。僕もプロットをもっと重視しなきゃ。なんて――」
『ダメダメ』
しかめっ面で指を振るレイの姿が目に浮かんだ。
『お前はホントお人よしだな。
作家の話なんて基本的に嘘なんだから、鵜呑みにしてちゃバカを見るぞ』
「ははは、相変わらずだね。レイは」
『まぁ次は“このミステリーがすんげぇ大賞”だから、プロットも重要だけどな。
とにかく頑張ろうぜ。あ。それと、近いうちにメシでも行こう。じゃ、また、連絡するからな』
「分かった。電話ありがとうレイ。じゃあね」
僕。王城舞太郎は、くるりとイスを回し、静かに携帯を閉じた。
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