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「ヒーロー」


土曜日。朝からアルバイトに向かう。腕時計を見て焦る。

いかんいかん。急がねば。今日の現場はちと遠いのだ。

老人ホームでボケてんだかボケてないんだか分からないじぃさんばぁさんに手品を見せるなんて。

まったく、しけた営業だが、それもしょうがない。

俺はマジシャンの卵だ。

だが、本当になりたいのは「ヒーロー」だった。

今はいい時代だ。通信教育でもヒーロー講座があるのだから。

まだ卒業資格は得ていないが、既に変身用万年筆は手に入れた。

これは自動車で言えば仮免のようなものだろうか。

変身は河川敷で何度か試してみた。

本物のヒーローになるのは、とても素晴らしい気分だった。

難点は巨大化してしまう為、自宅近辺では変身を楽しめないことだ。

ヒーローになった自分の姿を頭に思い浮かべながら歩いていると、あっという間に駅に着く。

切符を通し、改札を抜ける。

ホーム真中あたりのベンチに、制服姿の女子高生が座っていた。

人目もはばからず、くわえタバコで、すらりと伸びた両足を前に投げ出している。

なんということだ。まったく嘆かわしい。

俺は彼女の前で立ち止まり、躊躇することもなく言ってやる。

「このメス豚っ! 喫煙場所で吸えっ!」

女子高生はチッと聞こえよがしに舌打ちすると、

俺の足元に火のついたままのタバコを投げ捨てた。

ふんぬぅぅぅぅぅ、このアマぁああああっ!

このようなビッチには、もはや鉄拳制裁しかなかろう。

俺が拳を握リ込むとほぼ同時に、各駅停車がホームに滑り込む。

女子高生はこちらを振り返りもせずに、さっさと車両に乗り込んでゆく。

あっさりと梯子を外され、行き場を失ったのは俺の怒り。

行き過ぎる各駅停車を見送りながらホームに立ち尽くす。

気を鎮めろ。こんなことぐらいでカッカしててどうする。

怒りっぽい性格では、到底、立派なヒーローにはなれない。

俺は心の中で叫ぶ。

ヒーロー心得、其の一!

ヒーローたる者、常に沈着冷静であるべしっ!

足下でくすぶる吸殻をぐりぐりと踏み消し、拾い上げる。

俺はホームの端へと向かい、怒りの燃えカスと共にそいつを灰皿へ投下した。


  ☆   ☆   ☆


目を瞑り、気を鎮め、腕組みしながら急行列車を待つ。

きゃっという叫び声がしたので、顔を上げ、そちらへ目を向ける。

危ないっ!

先ほどから大声でふざけ合っていた子供グループのうちの一人が、

ゆっくりと傾くように線路へ落ちてゆく。

なんと、これはチャンスだ。

ヒーロー心得、其の二っ! 

ヒーローたる者、市民を守る為には自ら進んで犠牲になるべしっ!

このような人込みでは、さすがに変身することはできない。危険すぎる。

だが、心配には及ばない。

こんなこともあろうかと。俺は昔からイメトレをしていたのだ。

人が線路に落ちた時には、すかさず飛び降りて救出する。

そして、翌日の新聞には「ヒーロー現る!」と見出しが躍る。

さぁ、いざ、行かん。

ところが、足がすくんで動けない。

まるでホームに張り付いてしまったようだ。

あれほどイメトレをしたのに!

線路の彼方から急行列車の先頭車両が近付いてくる。

「誰か、緊急停止ボタンを!」

ホームのそこら中で叫び声が上がる。

俺が歯を食いしばって足を動かそうとしていると、

真横にいたデブの男が、リュックを投げ捨て、線路に飛び降りた。

しまった! 先を越されたじゃないか……。

しかし、大丈夫なのか? その巨体で。

ほら。言わんこっちゃない。

俺は目を覆う。

再び目を開くと、着地の際に足を挫いたデブは、泣き叫ぶ少年の横で、無様に転がっていた。

荒々しい警笛が耳に突き刺さる。

金属を切り裂くようなブレーキ音が空気を激しく震わせる。

急行列車の姿は次第に大きくなってゆく。

やっとのことで金縛り状態から抜け出した俺は、すぐにホームを蹴り飛ばした。

両手を広げ、ふわりと線路に舞い降りる。

まずは少年を抱え上げ、隣の線路に放り投げた。

お次はデブだ。

ヤツは胡坐をかいたような体勢で足首を押さえている。

Tシャツの襟元を掴み、そのまま引きずろうとしたが、

生地がびよーんと伸びるだけで、デブの巨体はびくともしない。

ふんぬ!

ダメだ。

ふんぬ!

やはり動かない。

迫る轟音。頭上から聞こえる悲鳴。

まずい。圧倒的にまずい。

しょうがない。変身するか。

でやっ。

懐から変身用の万年筆を取り出す。

万年筆の代わりに、万国旗がぴろぴろと出てくる。

おっと。間違えた。これじゃない。

こっちだ。

でやっ。

白いハトが数羽。バサバサと飛び立ってゆく。

いかん。また間違えた。

こんどこそは。

でやっ。

俺が天にかざしたのは、ボールペンだった。

焦って家を飛び出した為、間違えたのだろう。

結局。列車は俺とデブの目前で停止した。

割れんばかりの拍手が沸き起こった。

俺の勇気に対してではなく、緊急停止ボタンを押したサラリーマンに対してだ。

俺はヒーローになりそこねた。

現場には遅刻するし。

手品のタネは壊してしまうし。

踏んだり蹴ったりだ。

老人ホームでは手品もそこそこに得意のトークで乗り切った。

芸能人と勘違いしたお年寄りには何枚もサインを求められた。

ま。これもある意味ヒーローか?

違うような気もするが、まあいい。

どうやら、ヒーロー道は長く険しいようだ……















続編、書いてみました。「ヒーロー2」


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「夏のシロクマ」


きゃー!

かわいいー!

黄色い歓声が飛び交う。

ぼくは、冷めた目でその声の出所、鉄柵の向こうの女子供たちを見る。

両腕で抱えた氷柱に齧り付きながら。

まったく参った。今年の夏は酷い猛暑だ。

こんなにクソ暑い街中でシロクマを飼うなんて。

明らかに動物虐待だ。

人間という生き物はなんと残酷なのだろう。

ぼくはガリガリと氷に歯を立てながら、夢中になってるフリをする。

やってられないや。

早く帰りたい。と思う。

氷の塊は、ほんの1、2時間で溶け切ってしまった。

そりゃそうだろう。

なんせここは、蒸し暑さで有名な大阪なのだもの。

氷の中に埋められたリンゴやバナナもすぐに食べつくしてしまった。

ぼくは壁際の日陰に入り、まったりと午後の時間を過ごす。

やがて陽は西に傾き、入園客もまばらになってきた。

鉄柵の向こうがちょうど無人になった瞬間を見計らって、

ぼくは後ろを向き、首元から携帯電話を取り出す。

うはー。毛皮の隙間から入ってくる新鮮な空気が気持ちいい。

携帯のディスプレイで時間を確認すると、もう16時45分だ。

園内に閉園を知らせる蛍の光とアナウンスが流れ始める。

やっと今日のバイトも終わりだ。

バッドウィルの日雇い派遣で、内容も知らされずに動物園まで来てみたら。

シロクマのキグルミの中に入るバイトだなんて。

しかも、それで日給たったの6千円!

まったく信じられない派遣会社だ。

飼育係のおじさんの話によると、

昨日、シロクマのユキオが、あまりの暑さでダウンしてしまったのだという。

しかし、シロクマさんは本日お休みです。という訳にはいかなかった。

なぜなら、今日は、毎年恒例「シロクマに氷柱プレゼントの日」だったからだ。

このイベントは、多くのメディアに取り上げられるため、動物園の良い宣伝になるらしい。

そこで代役として、急遽呼ばれたのがぼくだったのだ。

まったくヤレヤレだ。

帰るまぎわ、檻の裏でキグルミを脱いでいると、

飼育係のおじさんがミネラルウォーターを持ってきてくれた。

ぼくはちょっと気になったので、おじさんに訊いてみた。

「あのぉ、ユキオは大丈夫なんですか?」

「うーん。酷い熱中症だったからねぇ……」

おじさんは顎に手をやり、伏し目がちになる。

「彼もバッドウィルさんから来てもらってたんだけど……」

「は? 何ですって?」

「ん? ユキオの中身だよ」

「……」

ぼくは絶句した。













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