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「紛失」


うぉおおおおお!

しまったぁああああ!

コンパの途中。

妻への定期連絡を入れようと、トイレで携帯を弄ったのが間違いだった。

するりと俺の手をすり抜けた携帯は、

まるで中国の高飛び込みの選手のように美しい着水を見せた。

ほとんど水しぶきも上がらなかった。

やはり入水角度が……

は。

俺のバカっ!

それどころじゃないだろ!

急げ、拾え!

まだ間に合う、三秒ルールだ!

すかさず洋式便器の中に手を突っ込み、

シャツの袖を濡らしつつも携帯を取り上げた。

当然、ディスプレイは沈黙している。

た、頼む、復活してくれい!

俺は必死に念じながら、電源ボタンを長押しした。

ほんの数秒が数時間にも感じられた。

沈黙は破られなかった。

 
   ☆   ☆   ☆


「おい。高尾」

「なんですか? トイレ長かったっすね先輩。もしかしてウンコですか?」

「バカ。携帯を落としたんだよ。トイレに」

俺は高尾の目の前に水気を拭った携帯を差し出した。

「ちょ、ちょっと、汚いじゃないですかっ」

「大丈夫だよ。まだ、やる前だったから」

「それでも汚いでしょうが!」

何? 何? どうしたんですかー? 

と俺たちのやりとりに気付いた女の子が、テーブルの向こう側から視線をよこす。

「いやいや、こっちの話。おい高尾、お前声がデカイよ」

俺は携帯の尻で高尾の額を小突いた。

「汚ねっ痛っ」 高尾は額を押さえ、大げさに仰け反る。

「それより、これ、直らんのか?

電源ボタンを押してもウンともスンとも言わないんだ」

「あちゃー、先輩、電源入れちゃったんすか?」

「そりゃ、電源が切れてりゃ、電源ボタンを押すだろうが」

「それがダメなんですよ――」

俺は腕を組み、首を傾げながら、高尾のレクチャーを受ける。

長ったらしいヤツの話を要約すると――

どうやら、携帯を水没させた場合、

(これは携帯に限らず電気製品全般らしいが)

すぐに電源を入れると、電気系統がショートを起こして、

機械自体がダメになってしまうのだそうだ。

ただし、完璧に乾かした後なら、復活することもあるという。

むぅ。

「――なるほど、ということはつまり、こいつは……」

「ええ、ご臨終です」

俺は、ナンマイダブと合掌する高尾のこめかみを両手で押さえつけ、強烈なヘッドバットを決めた。






 「紛失」2へつづく

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posted by layback at 01:27
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「東京オリンピック」


世界中の夜空を焦がさんばかりに、真っ赤な炎は勢いを増してゆく。

この日、ついに二度目の聖火が東京の空を灯した。

テレビには満面の笑みを浮かべたインタビュアーが映っている。

「それでは元東京都知事の岩原さんに感想を訊いてみましょう」

マイクが岩原慎一郎に向けられる。

岩原の苦みばしった表情が大写しになった。

歳の割りに豊かな銀髪が、スタジアムの照明を反射する。

「岩原さん、今のお気持ちは?」

「悲しいね」

岩原慎一郎は吐き捨てるように言った。

「何故ですか? これほどめでたい日に。

岩原さん悲願の東京オリンピックではありませんか」

「なにをバカな……」

岩原慎一郎はきゅっと目尻をひくつかせ、インタビュアーを睨みつける。

「わたしが開催を願っていたのは、東京オリンピックであって、

トンキン(東京)オリンピックではない! 断じてだ!

だいたい君たちの国はだな――」

ピー、ガガガガガガ。

急に画面が砂嵐状態に変わり、音声が聞きとれなくなった。

――映像が乱れましたことをお詫びいたします。

競技場の映像に戻った後、画面下に白抜きのテロップが流れた。

再び、さきほどのインタビュアーが登場する。

だが、岩原の姿は見えない。

「――それでは、スタジオにお返しします。

以上、日本省東京市、オリンピックスタジアムからお送りしました」

インタビュアーの顔には、

相変わらず満面の笑みが貼りついていた。













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