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「不思議な美容室」


山奥のこじんまりとした美容室に、男女のお客が訪れた。

「これはこれは。ようこそいらっしゃいました」

口ひげをたくわえた店主が両手を広げて出迎える。

この美容室は店主が一人で切り回しているようだ。

とは言っても、そうそう客が訪れるようにも見えないが。

「ささ、どうぞお掛けくださいませ」

男女は二つしかない椅子に静かに腰掛けた。

「さて、今日はどのようにいたしましょう?」

「全体的に真っ白にブリーチしてくれたまえ」

男性の方が渋いバリトンの声で答える。

「真っ白でございますか?」

「ああ、真っ白で頼む」

「わたしも真っ白でお願いしますわ」

女性も男性の声を追いかけるように注文した。

「かしこまりました」

店主は特に口を挟むこともなく道具を用意し始めた。

「ああ、そうだ。この辺りとこの辺りは黒く残しておいておくれ」

「わたしも同様に」

「この辺りとこの辺りは黒のままですね。かしこまりました」

店主は微笑みを浮かべ、優雅な手つきで仕事に取りかかった。


   ☆   ☆   ☆


「おつかれさまでございました。

いかがでしょう? なかなか可愛らしく仕上がりましたのでは?」

「うむ。相変わらずウデがいいなキミは」

「ほんと素敵だわ」

男女は目の前にある大きな鏡を覗き込み、

首を左右にひねっては、満足そうにうなずいている。

「これで仕事も上手くいきそうだよ」

「ほぉ。この洒落たカラーリングとお仕事に関連があるのですか?」

「まぁね。詳しくは言えんのだが――」

男性は店主の耳元に大きな顔を寄せ、そっと囁いた。

店主と男女の客以外に誰もいないのに。

「――今度の出張は一人一億円の報酬だからね」

「また、なんと……、それで出張はどちらへ?」

店主もついついつられて小さな声になる。

「日本だよ。彼らはパンダが大好きなんだ」

「なるほど、素敵な道中になりますように、私もお祈りいたしております」

店主は立ち上がった男女の体を丁寧にブラッシングし、残り髪をはらい落とした。

男性客はどこからともなく札を取り出して店主に代金を支払った。

「ありがとう。では失礼するよ」

「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

店主は深くおじぎをし、熊のお客を見送った。
















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「パトロール」


さぁ今日はパトロールの日だ。

会社からの帰りに、ターミナル駅の改札を抜けると、

切符販売機近くの大きな柱に寄りかかるカップルが目に入った。

女は腰穿きのワイドなデニムパンツにタイトなラグランスリーブのロンTを着ている。

メリハリの利いた着こなしによってウエストのくびれが強調されていた。

目深に被ったベースボールキャップで顔が見えないのが惜しい。

コットンフランネルのチェックシャツを着た相手の男は腕組みをし、

油膜のような表面加工のサングラス越しに女の顔を注視しているようだ。

二人とも片方の肩を柱に寄せ、わずかに傾いた状態で向かい合っている。

女は帽子のツバを下げ、俯いたまま、ときおり目元を手の甲で拭う。

一方、男はふてぶてしい態度を崩さない。

眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結んだままだ。

二人が寄りかかる柱の周り、約半径1メートルを包む気まずい沈黙。

どうやらこれは別れ話のようだ。

それにしても、何故、こんな人通りの多い駅の側で別れ話をするのだろう?

街で住んでいると週に一度はこのような光景を目にする。

人目が気にならないのだろうか?

私は足を止め、二人の行動を観察しはじめた。

彼女の方は、俯いたままじっと自分の足元を見ている。

帽子の影から下唇を噛んでいるのが窺える。痛々しい。

彼氏は左足に体重を乗せ、苛立ちを隠せないようすで肩を揺らしている。

と、男は彼女のバッグの持ち手に手を伸ばし、

女を引きずるようにして移動しはじめた。

「嫌っ!」

女は抑えた声を上げ、男の手を振り払おうとした。

だが男は彼女の手首を掴み、力ずくで連れてゆこうとする。

まさか人気のないところで暴力を振るうつもりじゃないだろうな。

今朝もテレビで“痴情のもつれから交際相手を刺殺”という、

物騒なニュースをみたばかりだ。これは放っておけないぞ。

私の持ち前の好奇心と正義感がむくむくと首をもたげた。

私は気付かれないように距離を測りながら暗がりに向かう二人の後を追った。


   ☆   ☆   ☆


「ゴメン! オレが悪かったから、許して!」

男は女の方を向き、拝むように両手を合わせている。

「なんなの? どういうつもり?」

「あんな人の多い所じゃ恥ずかしくて謝れなかったんだよぉ」

なんだこの男は、猫撫で声じゃないか。

サングラスはいかついくせに。ツンデレ男か……。

私は植え込みの影に隠れながら二人の会話を盗み聞いていた。

「謝って済むと思ってんの?」

彼女の方はさっきの涙がウソのように攻勢に転じている。

「だからゴメンって言ってるじゃん。もう二度と浮気なんかしないからさー」

「お金はどうするつもり? わたしカズくんの為にアボムでお金借りたんだよ」

「それもちゃんと返す。だから許してよ、ね? ね?」

「お金はいい。でも、浮気は絶対許さない」

女は冷たく言い放ち、バッグからきらりと光る刃物を取り出した。

包丁!

「ちょっとキミ達! やめたまえ!」

私は勢い込んで、両手を挙げながら二人の間に割って入った。

危ないとかそんなことは考える間もなく、身体が反応してしまった。

だが、二人は目の前の闖入者に驚くこともなく、平然と構えている。

「よし。オーケイ。大声を出すな」

さっきから甘えた声で女に許しを請うていた男が、一転低い声で場を制した。

「お節介だなオッサン。まったくいいカモだよ。

どうだった? 俺達の演技は。十分に楽しめたか?」

「な、何を言ってるんだ、どういうつもりだ?」

「まだ分かんねーの? あんたは釣られたんだよ。

怪我したくなきゃ大人しく財布を出せよ」

信じられない。私を誘うための演技だったのか……

「好奇心も正義感も強すぎると痛い目に遭うってことさ。

さぁ、授業料だと思って、とっとと財布を出せよ」

男はいつのまにか女から包丁を受け取り、私の胸に切っ先を向けていた。

「わ、分かった……」

私は冷や汗をかきながらも一瞬で頭の中を整理する。

愛想笑いを浮かべながら上着の内側に手をやり、黒皮の手帳を取り出した。

「警察だ。包丁を下ろせ」

男の身体に動揺が走る。サングラスの奥の目は丸くなっていたことだろう。

「お前らだな。先月から同様の手口で恐喝、暴行を繰り返しているのは。

ずっと内偵していたんだぞ! 現行犯で逮捕する!」

「オッサン、サツだったのか!? おい、逃げるぞっ!」

さっと踵を返し、走り出す二人。

「こらっ! 待てっ!」

私は威嚇するように大声を上げたが、追いかけはしなかった。

若者二人はあっという間にビルの陰の暗闇に消えた。

へなへなと膝が崩れる。私はその場に座り込んでしまった。

警察マニアで良かった……

この警察手帳レプリカのおかげで命拾いした。

深呼吸をしているうちに暴れ馬のように跳ねていた心臓が落ち着きを取り戻す。

さぁ、街のパトロールに出るぞ。

ターゲットは一人歩きの女性。もしくは干しっぱなしの下着。

私は上着の上から固い手帳を握り締める。

自然と微笑がこぼれた。











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