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「ソルト&シュガー」


「本も読まないようなヤツじゃ、私の男は務まらないんだからねっ!」

教室の隅で両手を腰に当て、勇ましい声を上げているのは、同じクラスの坂上美月だ。

本好きの坂上美月は、いつも女友達と小説の話で盛り上がっている。

俺は彼女のツンと澄ました横顔と気の強そうな物腰にとても惹かれていた。

これは母ちゃんと姉ちゃんにかわいがられて、甘口に育てられた反動なのかもしれない。

普段ほとんど読書をしない俺は、なんとか彼女と話をするきっかけが欲しかった。

そこでどうしたか?

付け焼き刃ではあったが、ネットで調べて何人かの作家の名前を頭に詰め込んだのである。

そして、ある日の放課後――

「私、今日も図書館に寄って帰る。じゃあね!」

よく通る声。美月が一人で自転車置き場から出てくる。チャンス到来だ。

俺は自分の自転車にまたがって、風を切る彼女の背中を追った。


   ☆   ☆   ☆
 

美月は日本の小説コーナーの書架を見て回っている。

俺は棚と棚の隙間からそろりと覗き、彼女の動きを完璧にロックオンしていた。

よし、今だ! 

素早く棚を回りこんだ俺は、無防備な彼女の目の前に踊り出た。

「きゃっ」

「おっ」

「あれ? あんた、こんなところで何してるの?」

「いやー、偶然だなー」

俺は頭の後ろに手をやり、精一杯の笑顔で照れてみせた。

「なに? キモイよ」

……。 負けるな俺。

「さ、坂上は本選んだの? とりあえず席に座ろうよ」

俺と坂上美月は空いていたテーブル席に着いた。

向かい合わせなので、かなり照れくさい。

「あんた本読むの?」

キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

よーし、落ち着け俺。

「うん、読むよ」

「じゃあテストしちゃうぞ。女性作家だと誰が好き?」

「ひ、平山瑞穂とか三崎亜記とか……」

「それ男だよ。二人とも」

「え?……」 想定外だった。

「そ、そうだよねー、アハハハハ……」

とりあえず笑ってごまかしてみた。

美月は眉間にしわを寄せている。

「じゃあ男性作家では?」

「あ、有川浩とか桜庭一樹とか……」

「それは女」

凍りつくような冷たい声。

やばいぞ、これは。

もはや返す言葉も無い。

「う……」

「なーんだ。全然読んでないじゃん。ハッタリだったのか。

ハァ、ガッカリだな。やっぱり読書が好きな男子なんて滅多にいないんだよね」

彼女は火の消えた線香花火のようにシュンと肩を落とした。

「そんな決め付けた言い方しなくてもいいと……」

「なになに? 言い訳するの?」

一転、強気の表情でテーブルに身を乗り出してくる美月。

「ちょ、周りの人見てるって」

「フン、嘘つきはキライだっ!」

美月はテーブルをドンと拳で叩き、プイと首を横に振る。

「しぃーっ! 声が大きいよ! はぁ、これじゃまるで図書館戦争じゃん」

俺の嘆き節に美月の耳がピクリと反応した。

「あれ? 読んだの? 『図書館戦争』」

「うん、あれだけはほんとに読んだよ。面白かった」

「あれはね、続編も出てるんだよ、ちょっとこっち来て来て」

急に美月の目が輝きを取り戻した。

「う、うん」

俺は彼女にブレザーの袖を引っ張られ、強引にあ行の書架まで連行された。

「あーやっぱり借りられてて無いなー、残念! でもね、えーっと――」

今度はマ行に引きずられてゆく。

「これも面白いよ、同じ戦争でもこっちは『となり町戦争』だけどね」

「あとね、これは超泣けるし」

「あ! これなんて怖くて夜トイレに行けなくなっちゃってね、大変だったんだー」

なんだ? なんだ? この展開。

夢中になって本について語る彼女は可愛すぎる。

「あと、ちょっとこっち、次、こっち来て――」

ツンデレな彼女とシュガーな俺。

意外と相性いいのかも。

「わ、分かったから、そんなに引っ張るなって――」

























最近ややこしい名前の作家、多いと思いません?
まったく男なんだか女なんだか……

「図書館戦争」 有川浩 (女性)
「となり町戦争」 三崎亜記 (男性)
「私の男」 桜庭一樹 (女性)
「シュガーな俺」 平山瑞穂 (男性)

強引ですが上記の作品タイトルをお題に使って書いてみました(笑)



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「箱の中身は」


昨夜の夕食時の光景が、

切れかけた蛍光灯のようにちかちかと点滅しながら、隆志の脳裏に蘇る。

だが、彼の頭の中に、その後の記憶は無かった。

――あの後、俺は一体……

朝起きた時、すでにあいつの姿は消えていた。

隆志は白い箱を目の前にして座り込み、躊躇していた。

結局はこいつを開けなければならないのだ。それは分かっている。

だが、この箱の中から漏れ出てくる有機的な匂いを嗅ぐと、決心が揺らぐのだった。

隆志の背中を一筋の汗が伝う。暑いわけでもないのに。

ええい! 隆志は目を瞑り、一気に蓋を開けた。

冷たくなっているからか、思ったほど匂いはしない。

隆志は薄目をあけ、長い睫毛越しに箱の中身を確かめた。

や、やはり……

心の片隅に残っていた小さな希望が打ち砕かれる。

安子…… あれほど言ったのに……

隆志は冷えきったブツに箸を伸ばした。

――頼む、お好み焼きを弁当に入れるのはやめてくれ。

隆志のささやかな願いは、妻の安子に届かなかったようだ。










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