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  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

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 ザラメから綿菓子を作り出すように、活字を入れると物語を紡ぎ出す機械があった。

 ようやく新作の材料が揃った。
 小説職人の男は妻にそう伝えて工房に篭る。
 男は方々から掻き集めてきた活字を枡で量っては機械へと入れてゆく。
 始動して以来、機械はつむじを曲げることもなく、日々快調に物語を紡ぎ出していた。
 ところがそこへ男の一人娘が花を混ぜ入れてしまう。
 活字の花ではなく本物の花を。

 男は直ちに異変に気がついた。
 慌てて計器を確認し、レバーやつまみを操作して機械を調整する。
 さいわい機械は二度三度と咳き込んだものの、すぐに元の調子を取り戻した。

 ふう。男は額に玉のように浮かんだ汗を袖で拭う。
 その拍子に機械の陰に隠れていた娘のスカートが目に入る。

 こら。
 咄嗟に逃げ出そうとする娘を男は易々と捕まえる。
 娘は必死に足をじたばたとさせるが大の男から逃れられる筈もなかった。

 お 前 さ ん は い っ た い 機 械 に 何 を 入 れ た ん だ ?

 男は娘を鬼の形相で問い詰める。

 お花。
 娘は開き直って言う。
 公園に咲いていたんだよ。たくさんたーくさん。
 娘は短い腕をいっぱいに広げて公園に咲き乱れる花の様子を虚空に描写する。
 
 たまたま工房に飲み物を届けにきた男の妻はその光景を見て青ざめる。
 思わず持っていた盆を取り落としそうになる。
 職人気質で頑固者の夫が一旦機嫌を損ねると数日間は戻らない。何とかしないと。

 あれほど工房へは入らないように、お父さんの邪魔をしないようにと言ったでしょう?
 こっちへ来なさい。

 妻が嫌がる娘の手を引いて連れ出そうとすると男は待てと言う。
 男はたくましい腕でひょいと娘を抱き上げる。

 まあそう怒らなくてもいい。

 でもあなた――

 注意して見ていなかったおれも悪かった。
 それに花のおかげでひょっとすると今までにない優しい小説ができるかもしれん。
 あいつの作る小説は堅苦しくて暗いものばかりだと言われることにおれもいい加減うんざりしていたんだ。
 ちょうど良かったよ。

 ありがとうな。
 男が耳元でそっと囁くとすっかりむくれていた花の顔に笑顔が戻る。
 妻は妻で、その場が何とか丸く収まったことに、ほっと胸を撫で下ろした。

 さて、少し早いが昼めしにするか。

 はいはい。じゃあすぐに支度しましょうね。

 めしがすんだら散歩がてら、皆で公園に花を見に行くとしよう。

 お花がたくさんたーくさんだよ。

 たくさんたーくさんだな。

 男は妻に目配せをして、苦笑いを浮かべた。














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posted by layback at 19:10
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糸電話


 今晩は。
 月のきれいな夜だった。
 空気もよく澄んでいて、いつにもまして彼女の声が心地よく耳に響いた。

 僕は山の上に、彼女はふもとの村に暮らしている。
 連絡手段はと言うと、唯一、ご先祖様が苦労して通してくれた糸電話があるだけだ。
 ただし回線は一本しかない。そしてそれは村の長老の家に繋がっていた。
 彼女は夜になると、わざわざ長老の家を訪れて、僕に電話をかけてきてくれる。
 おかげで僕たちは毎晩、五分間だけ話をすることができた。

 僕としてはもっと長い時間彼女と話をしていたかったのだけれど、慎み深い彼女は長老に迷惑をかけるわけにはいかないと言って、いつもきっかり五分でおやすみの言葉を口にした。

 村人思いの長老のことだ。時間なんて気にも留めていないはずだよ。
 僕がそう言っても、けっして彼女はゆずらなかった。
 まぁ彼女のそんなきちんとしたところも僕は好きなんだけどね。

 聞いて。今日はね。こんなことがあったのよ。
 ああ。彼女のやわらかな声がざらついた僕の心を癒してくれる。
 他愛のないおしゃべりでもオチのない話でもなんでもよかった。
 そう。彼女の声さえ聞くことができれば。

 おっといけない。目を瞑って聞き惚れている場合じゃなかった。
 ほらほら、ぼんやりしてると時間がきてしまうよ。 
 ついには月にも急かされて、僕はこの日いちばん彼女に伝えたかったことを口にする。

 実はね。山で採れた碧の石で指輪を作ったんだ。それを君に贈りたいと思う。
 ありがとう。とってもうれしいわ。彼女の声がひときわ明るくなる。
 でも、いったいどうやって送るの?

 彼女の疑問も当然だった。険しすぎるこの山には郵便山羊も登ってこれない。
 食料や身の回りのものは完全に自給自足だったし、なにしろ僕自身、この山を下りたことが一度もなかったのだから。
 (ではどうやって彼女と知り合ったのかって? まぁそれはご想像におまかせするとしよう)

 とにかくさ。受け取ってほしいんだ。
 もちろん、ありがたくいただくけど――
 そのまま、少しだけ待ってて。
 ええ、分かったわ。
 そう答えてはくれたものの、彼女はまだ腑に落ちていない様子だった。

 まぁ見ててくれ。  
 慎重に糸から受話器を取り外す。月明かりに照らされた銀色の導線にそっと指輪を通す。
 重力という命を吹き込まれた指輪は、さーっと走りはじめる。僕は受話器をふたたび糸に繋いだ。

 夜空をまっすぐ駆け抜ける碧色の光線に月も星も息を呑む。
 虫のささやきも、木々のざわめきも、小川のせせらぎも、すべての音が消え去って、世界は静寂に包まれる。

 さぁ耳を澄ませ。

 やがてコツリと音が鳴り、おやすみの代わりに彼女の歓声が響いた。














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