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「缶とキス」


“おでん缶”なるものが巷を賑わせている。
自動販売機で温かいおでんが買えるという便利さと、
もの珍しさが相まって、爆発的に販売数を伸ばしているそうだ。

もともとアキバ発信の流行のようだが、
先週、大阪の日本橋でも最新の自動販売機が設置されたらしい。
テレビのニュースで特集をやっていた。

とても気になる。ぼくは友人と一緒に冷やかしに行くことにした。

よく晴れた日曜日。
日本橋の各通りは大勢の人で溢れていた。
ヲタ層や外国人観光客、もちろんごく普通の人だって歩いている。
たとえばぼくたちのように。

ぼくと友人のサトシは、アニメグッズ専門店の前で、お目当ての自動販売機を発見した。
ぼくは目が悪くて探し物は苦手だったが、相棒のサトシが目ざとく見つけてくれたのだ。

「これが噂のおでん缶かー。他にも色々あるね」

先客の肩越しにディスプレイをのぞき見る。
肉じゃが缶、筑前煮缶、ラーメン缶、うどん缶。
横長の自動販売機は最新タイプに相応しく、豪華な品揃えを見せていた。

お好み焼き缶、たこ焼き缶、これはきっと大阪限定だろう。
そのまま視線を横に移動させてゆく、なかには変わりだねもあった。
吉本缶に松竹缶。なんだこれは。
中にお笑い芸人でも入っているのだろうか?

そんなラインナップの中で、ぼくの目をとらえて離さなかったのが、美少女缶GOLD。
ポップな色の缶に描かれた金髪の美少女は、切れ長の目でぼくを見つめていた。

「まさかプルタブ開けたら、本物が出てきたりしてねー」

「ばーか。フィギュアに決まってんじゃん」

ぼくはサトシと冗談を言い合いながらコインを投入した。
ガタンと音を立てて落ちてきた缶を取り出す。
大きさはジュースの缶とほとんど一緒だった。

「いくぞー」

ぼくはどきどきしながら、プルトップを開けた。何も起こらない。
覗き込んでも中身は真っ暗だ。振ってみたが何の音もしない。
逆さまにしてみた。それでも何も落ちてこない。

「おかしいな」

「なんか説明が書いてあるぞ、その缶」

サトシは僕が手に持つ缶を指差している。

「うそ?」

ぼくは目を近づけ、説明書きを読んでみた。

※缶に描かれている美少女にくちづけをしてみてください。
素敵な事が起こりますよ(ハートマーク)

ほんとかよ。にわかには信じがたい。
だが、ぼくは説明を信じて、缶にくちづけをしてみた。

ぼわん。

辺りが白い煙に包まれる。
声にならない声を上げて僕らが驚いていると、
なんと煙の中から等身大の女の子が現れた。

わお。ほんとに金髪の美少女だ。
水色のワンピに白いレースのエプロン。メイドスタイルじゃないか!

「は、はじめまして!ぼくがキミのご主人様だよ!」

そう言ったとたんに、ぱしっと平手が飛んできた。

「わたしこそがご主人様よ」

「うそっ、メイド姿でご奉仕してくれるんじゃないの?」

「よーくその缶を見てごらん」

クールな声だ。ぼくは彼女に言われたとおりに缶を見てみた。

美少女缶“COLD”

くそう。だから冷たかったのか。HOTにしておけば……
彼女は腕組みをしたまま休めの体勢でふてくされている。
これは気まずい。なんとか缶の中にお帰りいただきたい。
再び説明書きをチェックする。

※美少女を缶の中に戻す時は、彼女自身にくちづけをしてくださいね。

なるほど。僕は半目で彼女の位置を確認し、唇を突き出した。

むちゅー。

ばしっ。また平手が飛んできた。
何度も頬を打たれながらぼくは、幕ノ内一歩ばりに彼女を押し込んでいく。
やがて彼女の背中が自動販売機についた。
ぼくは身長160p体重90sの体格にモノを言わせ、嫌がる彼女になんとかキスをした。

ぼわん。

再び白い煙が立ちのぼり、彼女は、するするすると缶の中に吸い込まれていった。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

良かった。成功だ。

「お前興奮しすぎ」

離れて後ろに立っていたサトシがぼくを冷やかした。助けもしなかったくせに。

ぼくらは息を整えて、再度チャレンジすることにした。
このまま帰るのはなんだか悔しかったのだ。

改めて自動販売機のディスプレイをチェックする。
萌っ娘缶。これならきっと大丈夫だろう。
缶には青い髪の少女の絵が描かれている。
髪で隠れて表情までは見えなかったが、初音ミクのような雰囲気だった。
今度はCOLDもHOTもない。同じミスは繰り返さないぞ。
ぼくはコインを投入し、該当するボタンを押した。

取り出した缶に異常は見当たらなかった。手順はもう分かっている。
ぼくは先程と同様にプルタブを開け、女の子の絵に優しくくちづけをした。

ぼわん。

灰色の煙があがる。ちょっと妙な臭いがした。
ひょっとすると賞味期限切れなのだろうか?
煙の中からうつむきがちな少女が現れた。

「ご主人さまぁぁぁぁ〜」

彼女は両手を前に出しながら顔を持ち上げた。

なんと、ゼリー状に溶けた眼球が左目からドロリと垂れ下がっていた。
右目の眼窩にはポッカリと真っ暗な穴が開いている。
鼻は正面から見ると、くの字に曲がり、先っちょが崩れ落ちていた。
ひび割れた分厚い唇の間からは、黄色く薄汚れた乱杭歯が覗いている。

「ど う しまし た? ご主人様ぁ……」

黒板を爪で引っ掻くような声。
口を動かすと顔中の水ぶくれが潰れて黄緑色の汁が飛び散る。
ずるりと剥けた皮膚の間から白い皮下脂肪が見えた。
肉が腐ったような悪臭が辺り一面に漂う。

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「ど う しまし た? ご主人様ぁ……」

壊れたオルゴールのように乱杭歯の隙間から漏れる声。

ど、どこが萌っ娘だっ!

ぼくは後ずさりながら右手に持った缶に視線を落とした。

【崩っ娘】

また見間違えたのか……

こ、これは、なんとしても缶に戻さねば!

じりじりと彼女に追い詰められながら缶の説明書きを見る。

※女の子を缶に戻すときは、彼女自身にキスをしてくださいね(ハートマーク)

「できねー!」

ぼくの意識は薄れていった。











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「壁」


ずっと、両親に合わす顔がなかった。

長い間、連絡先も知らせず、日本中を放浪していたからだ。

今回、実家の門をくぐるのは、じつに七年ぶりだった。

人並みに、不義理を申し訳なく感じていたわたしは、弟夫婦に仲介を頼んだ。

彼らに先導されながら、両親の待つ部屋へと向かう。

三人とも黙りこくったまま、静かに廊下を進んだ。

空気がピンと張り詰め、緊張感が高まる。

歩みを止める。和室の障子は開いたままになっていた。

両親はきっと部屋の奥に座して待っているのだろう。

入口からその姿は見えなかった。

わたしは弟夫婦に頷き、大きく息を吸って足を踏み出した。

その時だ。

足下からものすごい勢いで、板が飛び出してきた。

全く予期していなかったわたしは、片足を上げたまま、その場で凍りついた。

木製の板は、わたしの前髪をかすめて、頭上でピタリと止まった。

かろうじて上の隙間から部屋の天井が覗いている。

もし、もう一歩、わたしの足が前に出ていたら――

この身体は、股間を境に、真っ二つになっていたに違いない。

危なかった。

わたしは目の前に突如現れた壁に向かって呟いた。

この家は、敷居が高すぎる。













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