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「ある夫婦の会話」


「ただいまー」

「おかえりなさい」

「遅くなってすまんな。あ、今日はお土産はないよ」

「いいのよ、そんな。ハイ、早く上着を脱いで」

「そうだ。朝、言うの忘れてたけど、タローくんにエサはやってくれたかい?」

「ええ、ちゃんとあげたわよ。どうも食欲があまりないみたいだけど」

「そうか、心配だな」

「でも大丈夫、循環器系、呼吸器系、どちらも今のところ問題ないわ」

「分かった。次をまた探しておくよ」

「それはそうと、あなた。そろそろ、このコート買い換えたら?臭いわよ」

「バカ言うな。やっといい色に染まってきたんじゃないか」

「最初はキレイな白だったのにね」

「世間では赤いレインコートなんて言われているが、
実際には海老茶色と言ったほうが当たってるかもしれないな」

「そうねぇ」

「まぁ、返り血を浴びた瞬間は鮮やかな赤色なんだけどね」

「ほらほら、そんな血生臭いこと言ってないで、早く夕飯にしましょ」

「今日のおかずはなんだい?」

「腿肉の照り焼きと、白子のポン酢和えよ」

「なんだ、いい部位を使ったんだな。あんまり一気にやっちゃダメだぞ。
まだ小さいんだから、身体になるべく負担がかからないように、少しずつ――」

「ちょっと。あたしが一流の麻酔医だったの知ってるでしょ?」

「おいおい、そんなに怒るなよ。そうだったね。君の腕は超一流だ。
まぁ、メスの使い方はてんでなってないが」

「もう!」

「ははは。さぁ、冗談はそのくらいにして食事にしよう。料理が冷めたら台無しだ」











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「失われた水を求めて」


西暦2110年。地球上では水が絶対的に不足していた。
世界中の至るところで砂漠化が進み。降雨量は激減。
つまり地域によっては全く真水が手に入らない状態だった。

アメリカでは海水を濾過蒸留して飲料水を生産していたのだが、
ここ数年、その価格の高騰が庶民の生活を圧迫し続けていた。

マサチューセッツ州ボストン。
ここに住むある青年の家でも、深刻な飲料水不足に悩まされている。
父親を亡くしてからというもの家計が苦しく、
地下に設置された貯水タンクの水は底をつきかけていた。

今月中になんとかしなければ……
青年は決意した。
水が無いのなら、水のある時代に行けばいいじゃないか。
彼は仕事の合間を縫って、タイムマシンを作りはじめたのである。

学費が支払えず中退こそしたものの、彼は元MITの学生だった。
女の子やドラッグなどにわき目もふらず勉強していたのだから、
その気になれば、なんとかなるだろう。その程度の自信はあった。

ベースにしたのは祖父の形見のデロリアン。
彼の祖父自身がレストアして蘇らせた車で、
それを受け継いだ青年は、今も大切に乗り続けていた。
クラシック映画でもタイムマシンとして使用されていた車だ。
素材としては充分過ぎるだろう。
近所の工場裏に捨てられているパーツや、
大学の研究室に忍び込んで盗んだパーツを利用し、
彼はついに目的の物を作り上げた。


  ☆   ☆   ☆


「ママ、ジェシカ、行ってくるよ」

青年は見送りに来た母親と妹にキスをし、束の間の別れを告げた。
街外れの直線道路で、彼を乗せたデロリアンは二度三度と獰猛な雄叫びを上げる。
青年が静かにクラッチを繋いだ。タイヤが鳴き、マシンは白煙に包まれる。
心配そうに見つめる二人の目の前で、
デロリアンはリアを振りながら、狂ったように飛び出していった。

タコメーターの針がレッドゾーンに届く寸前。
彼と相棒は時空の壁を突破した。

オーロラに虹が巻き付いて砕け散ったのかと思うほど、
様々な色の光が瞬きながら窓の外を飛び去ってゆく。

摩擦のせいか車内の温度がぐんぐんと上昇する。
未舗装の道を全力で疾走するように車体は激しく揺さぶられる。
青年は必死にハンドルにしがみついていた。
ピシッという音が響き、フロントガラスに網の目状のひびが入る。

屋根は今にも剥がれんばかりにバタつき、助手席側のドアは吹き飛んでいった。
フロントガラスがついに割れ、粉々に砕けたガラスのシャワーが青年を襲う。
凄まじい風圧。耳をつんざく轟音。声にならない自らの悲鳴。

まだ死ぬわけにはいかない。家族が待っているのに。
それに、女を知らないまま死ぬなんて――
彼が気を失うと同時に、デロリアンのボディはバラバラに分解した。
シートベルトが断ち切れ、
青年の身体はくしゃくしゃに丸められた紙屑のように投げ出された。


  ☆   ☆   ☆


どこだ?ここは。
アスファルトの凸凹が青年の頬にめりこんでいた。顔を持ち上げる。
目の前には彼の住むアメリカの建築様式とは明らかに違う建物が並んでいる。

ここは中国……、いや日本か?
身体はなんとか動く、青年は寝転んだまま手足を動かしてみた。
骨も折れてはいないようだ。打ち身と擦り傷程度だろうか。

「エホッ、ゲホッ」

喉が焼けたようにひりひりとする。
身体中の水分が奪われて脱水症状を起こしているようだ。

とにかく水だ。水が飲みたい。
青年は助手席に置いていたナップザックを探した。あの中には水筒が入っている
だが見当たらない。もちろんデロリアンの姿は微塵も残ってはいなかった。

いや、唯一、ハンドルが転がっていた。
コンクリート製の柱の下に。

青年は意味も無くハンドルの方に這っていき、手を伸ばした。
自分がいた世界との繋がりを求めていたのかもしれない。

その時、視界の端に何かが見えた。

水?

水だ!

道路と建物の間に、水の入った透明のボトルが数本転がっていた。

青年はアスファルトを爪で引っ掻くようにして前に進み、ボトルを手に掴んだ。
我を失いそうになりながら、キャップを外し、喉に流しこむ。
生ぬるかった。それに、なにやら妙な匂いがしたが、今の彼には全く気にならなかった。

ごくりごくりと、辺りに響き渡るほど喉を鳴らし、彼は飲み続けた。
砂漠に降る雨のように水が身体に浸透してゆく。
凹んだプラスチックが、音を立てて元の形に戻った。

『コラッ!』

突然、声が響いた。
青年が振り向くと、年配の女性が建物のドアの前に立っていた。
腰に両手を当てて、まるで悪魔のような形相である。

『何してんの!あんた誰!?』

アメリカ人の青年には、彼女の言葉の意味が分からない。
だが、彼女の声の調子とその表情からすると、怒っているように思えた。

「Sorry、ahh……」

怪しまれている。とりあえず自己紹介をしなければ。

「Peter、My name is Peter――」

『それは猫を追い払う為の水なのよ!』

女性はヒステリックなもの言いでピーターの言葉を遮った。
彼女は何と言っているのだろう?
困った。まったく理解できなかった。

「W、What?」

『キャット!ウォーター!』

猫の水!?

日本の猫はこんなにキレイな水を飲んでいるのか!









 
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posted by layback at 01:23
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