事務所で電話番をしているとアニキから内線が入った。
すぐに応接室に向かい、ノックをする。だが返事がない。
オレは仕方なくドアを開けた――
なぜか、アニキは宙を見たまま固まっていた。
「アニキ、浮かない顔してどうしたんです?」
「ああ、ヤスか」
黒皮のソファーがわずかに軋み、アニキは顔をこちらに向けた。
「まぁ座れ。お前、ちょっとそれ見てみろ」
アニキのごつい人差し指は、ローテーブルの上に置かれた一枚の紙を指していた。
「なんです?」
紙を手にとってみる。
左上に書かれているのは見たことの無い社名だった。
(株)ストーンブックドットコム
「こりゃ求人票じゃないですか。
まさか、アニキが今から転職ですか?」
「バカ野郎。俺じゃねぇよ。オヤジが――」
「ええ!?オヤジが転職!?クソ!なんてこった!」
「バカ。落ち着け。よーく見てみろ、その求人票を」
「ストーンブックドットコム、代表取締役、石本正太郎……。
石本正太郎って、ウチのオヤジじゃないですか!
新しい会社を立ち上げ?っつう事はオレたちはリストラ!?」
「バカ。ちげーよ。ストーンブックドットコムってのは石本組。
つまりウチの組の事だ」
「はぁ?」
「何がはぁだ」
いてっ。鉄拳が飛んできた。
「オヤジがな、求人出しといたからって言うからよ。
てっきり系列の組から紹介でもしてもらうのかと思ってたら、
この紙を渡されたんだよ。ハローワークに出した求人票の控えだとよ」
「ハローワーク?」
「職安だ。職安」
「ああ、職安ですか。
でも職安から極道に応募してくるヤツなんざ、いないでしょうに」
「だからこうやって組名を誤魔化して求人票を出してるんじゃねぇか」
オレはもう一度求人票に目をやった。
「賞与随時支給??」
「お前ら時々こづかいもらうだろ?オヤジから。それの事だろうよ」
「はぁ、なるほど」
って、基本給はゼロなんですけど……。
「サイパンへ慰安旅行?」
「ああ、そりゃお前らが組に入る前に行った射撃訓練兼慰安旅行だ。
丁度バブルの終わり頃だったから、もう10年以上前の話だぞ」
「景気が良かったんですねぇ」
去年は熱海だったのに……。
「ア、アットホームな会社ですぅ!?」
「まぁ、盃を受ければ、俺たちゃ家族のようなもんだわな」
紙から顔を上げるとアニキと目が合った。
「ハァ……」
二人のため息が応接室に響いた。
「なんでも英語にすりゃあいいってもんでもねぇのになぁ」
アニキは煙草をふかしながら珍しくボヤいている。
その時、デスクに置かれた電話が鳴った。
「あ。オレが出ます」
立ち上がって受話器を取った。
「ハイ。石本組……、いえストーンブックアットマーク、いやドットコムです。
ハイ、ええ、担当の者に代わります」
「アニキィ、ハローワークですぜ」
オレは送話口を手で塞ぎ、小声でアニキに伝えた。
「おう。分かった。貸せ」
アニキはひったくるように受話器を奪い取った。
「ハイ!こちらストーンブックドットコム!ヤングヘッドの葛城です!」
アニキ、若頭を英語にしてどうする……
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posted by layback at 00:08
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