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  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

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「うちのお姫さま」


車の助手席に娘のあやを乗せ、国道を走っていた時の話だ。

あれはハヤトくんのおうちなんだよ!

あそこはいつも犬が二匹いるの!

園バスで毎日通る道だからか、

あやは通り過ぎてゆく風景をいちいち私に説明してくれる。

やがて対向車線沿いに、お城のようなピンク色の建物が見えてきた。

ラブホテルだ。

嫌な予感がする。

「パパー。あや、あのお城行きたいなー」

む……。やはり。

「あやちゃん。あれはね。大人にならないと入れないお城なんだよ」

大人になっても入らせたくはないが。

「ええー。やだー。行きたい行きたい行きたい!」

「ダーメ」

「いいもん。ハヤトくんと行くから」

くそ。ハヤトめ。

ハナタレのくせに。

「そうかー。あやはお姫さまごっこがしたいんだね」

「うん。姫はじめするんだよ」

あやちゃん……。

それは違う意味だよ。











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「牛丼亭日乗」


「いらっしゃいませー」

真新しいベースボールキャップを斜めに被った若者が二人。
大きな身体を揺らせながら店内に入ってきた。
ルーズな着こなしで、いかにもやんちゃな雰囲気。
おそらく10代だろう。顔にはまだ幼さが残っている。

僕は入口近くのカウンター席に着いた彼らにお茶を差し出した。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「牛丼大盛り」

「俺も大盛り。つゆだくで」

この年代の男性客の注文は大盛りが多い。

「牛丼大盛りがお二つ。一つはつゆだくですね。かしこまりました」

「大盛り二丁!一つはつゆだくで!」

僕はキッチンに振り向き、大声でオーダーを通した。

若者二人はギャハハと互いを小突きながら場違いな騒ぎ方をしている。
他の客は関わらないように、見て見ぬふりをしていた。

「牛丼大盛りお待たせしました。こちらがつゆだくですね」

牛丼が届くと二人は会話をやめ、丼を手前に引き寄せた。
流れるような動きで七味やら紅しょうがやら醤油やらに手を伸ばし、
牛丼に自己流のカスタムを施しはじめる。

しばし店内に広がる平和なひととき。
やがて食べおえた若者二人は静かに立ち上がった。

「ありがとうございます」

二人は、レジに立つ僕の顔を見て、ニヤリと笑った。

直後。

反転した二人が同時に駆け出した。
我先に入口のドアを開け、外へ飛び出してゆく。

く、食い逃げ!?

「ちょっと!」

僕は追いかけようとして、カウンターを回り込んだ。

「待て」

背中に店長の声がかかった。

「落ち着け」

店長はレードルを片手に腕組みをしている。

「はぁ、でも――」

「丼の下を見てみろ」

ドンブリノシタ?

僕は二人組の座っていた席に戻り、丼を持ち上げた。

現れたのは小銭。

な、なんという事でしょう。

ひいふうみい――

380円×2。

「店長ありました」

「だろう?」

店長得意満面。

「フフフ。こんな悪戯はよくある事だ。
それにな、マニュアルにも書いてあるが、
たとえ食い逃げに遭っても決して追いかけてはダメなんだ。
他のお客様の迷惑にもなるし。もし相手が刃物でも持ってたらどうする?
お前の身が危険に晒されるだけだろ?
な。だから決して追いかけるんじゃないぞ。分かったな。
今回はお代も頂いてるんだからノープロブレムさ」

いつもは激昂しやすい店長だったが、
この日は落ち着いた様子で懇々と僕を諭した。

「でも店長。大盛りですから、合計200円足りませんよ」

僕の言葉に、サッと店長の顔色が変わった。

「バカ野郎!早く追えっ!」

店長は帽子を床に叩きつけ、店の外に飛び出していった。













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