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  「JP」 「糸電話」 「逆向き」 「締め切り」

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「彼女と自由」


「あなたの考えを押し付けるのはやめて!」

彼女は僕の手を振り払い、ベッドサイドの明かりを点けた。
柔らかい間接照明の光に照らし出された彼女の横顔は怒りに震えていた。

「いい?ゆとり教育が何を残したと思うの?
総合学習なんて恰好つけて、教師の自由裁量にまかせたら、
てんでバラバラな指導。ひどい教師になると何を教えていいのか分からない。
結局見直すことになった訳でしょ?
小泉政権時代の構造改革で、規制緩和を行なった結果どうなったの?
正規雇用が減って派遣業者がはびこっているだけだわ。
タクシー業界なんて過当競争で悲惨な有り様よね。
ジーコジャパンはどうだった?黄金の四人を起用して選手に自由にやらせます。
結果は? ここまで言えばあなたにも分かるわよね。
つまり日本人は自由って言葉に憧れるけど、
実際に自由を与えられた時には、何も出来ない哀れな人種なのよ。
だらしなくなるのがオチなの。いい?日本人には適度な締め付けが必要なのよ!」

彼女は息継ぎもせずに一気にまくしたてた。
薄明かりの中。気まずい沈黙が浮遊する。

「……ごめんネ。僕はキミが苦しいと思って」

「それが余計なお世話なのよ!」

「分かったヨ」

僕は両手を広げ、降参のポーズで応えた。

「もうキミがブラジャーを着けて寝る事に口出しはしない」

僕の言葉を聞き、ほんのわずかだが彼女の表情が弛んだ。

「私のおっぱいには締め付けが必要なの。
キツイことを言ってごめんなさいピーター。
でも、これもあなたの為なのよ」

僕は泣き崩れて身を寄せる彼女を抱きしめた。

そして右手を背中のホックへ――










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「記憶喪失」


俺は呆けたような顔つきの友人に話しかけた。

「記憶喪失だって?」

「ああ。溺れてな」

ずぶ濡れのネズミのように肩を落としてやがる。

「大丈夫かよ」

「まぁ、なんとか話はできる」

慰めの言葉をかけてやりたがったが、

何も思い浮かばない。

「で、どうするんだ」

ヤツは肩をすくめて、首を横に振った。

「ま。機種変だな。

メモリーは帰ってこないけどさ」









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